Autographic 第十話:狩り

創作長編小説

 翌朝、起きてすぐおじさんが作ってくれたおにぎりを食べ、薬を何錠も飲んで歯磨きと洗顔を済ませて着替え、猟で使う道具を軽ワゴン車に積み込み、ゴローとハナを檻から出して車の荷室へ乗せて僕も車に乗る。

 おじさんが運転席に着座してエンジンをかけると、車をバックさせて庭から道路に出た。

 山に立ち込める靄の中、朝の柔らかな日差しを浴びながら走る車は坂道を下り、のどかな田舎の街中を走っていく。荷室にいるゴローとハナは暴れることもなく、慣れた感じで横になっていた。

「秀人、薬は飲んだんか? ちゃんと飲まなきゃ家に帰すぞ」

「だいじょうぶ。全部飲んだし、薬は多めに持ってきてるよ」

 おじさんが僕の体を心配してくれてる。僕が体育の授業中に倒れて病院へ運ばれたとき、修司おじさんは仕事を放りだし車で一時間かかる病院まで駆けつけてくれた。

 毎年夏休みに泊まりに行くと、釣りや鉈の使い方など学校では教えてくれないことを教えてくれたし、カブトムシやクワガタの捕り方教わり、実際にダンボール箱いっぱいになるくらい捕ったものだ。中にはオオクワガタやヒラタクワガタ、ミヤマクワガタなど、僕が住んでる街では「まぼろし」と言われたクワガタもいた。

 僕も和幸も、いろんなことを教えてくれる修司おじさんが大好きだったし、独身で子供がいないおじさんも僕らを可愛がってくれる。そんなおじさんが運転する車の中で雑談しながら走っていると、車は左折しダムの上を通って細い道に入っていく。

 左側の斜面がコンクリートに覆われている、樹が生い茂る急な坂道を上がっていくと突然目の前が開けた。

 山の中の細い道は両側が切り開かれた山頂付近の道に変わり、車の右側には連なった山が見える。左側の斜面の上には何軒か家が見え、車はくねくねした山道を上がり民家を目指し走っていく。

 車は一番奥の民家の庭に入り、おじさんはエンジンを止めて車を降りた。

「着いたぞ。ここが新井んちだ」

 この家で飼ってるらしい犬たちが吠える声を聞きながら僕も車を降り、冷たい空気の中で背伸びしてから大きく深呼吸した。雲ひとつない五月の晴れた空の下、見渡すかぎり緑色の山々が朝日を浴びて金色に光っている。まるで青く透きとおる海の底に潜り、生命の種である太陽の光が樹木に変化しながら、広大な森を作るのを見ているようだ。

「よぉ、修ちゃん」

 男の声がして振り返ると、この家の人らしき男が立っていた。修司おじさんと新井さんは高校の同級生だと聞いている。僕は新井さんに近付き、軽く会釈して自己紹介した。

「こんにちは。大舘秀人です」

「こんにちは。よく来たねぇ。俺は轟の同級生の新井義男だ」 

 僕が挨拶すると新井さんも微笑みながら挨拶してくれ、おじさんの方を向いて話しはじめた。

「この子が和美ちゃんの子かい」

「あぁ、いまは病気んなっちまって俺んちに療養に来てんだ」

「この子も猟に連れてくんか?」

「いや、激しい運動はできねえからよっちゃんちに置いてくよ。狼に興味があるみてえだから、この上にある三峯神社へ行って狼の毛皮を見てこいって言ってある」

「修ちゃん、一人で置いとくのは危ねえぞ」

 そう言うと新井さんは難しい顔になり、僕とおじさんを交互に見る。

「よっちゃん、どうかしたんか?」

「いや、一昨日、この上の道路に熊が出たんだ。冬眠から覚めて餌を探し回る時期だし、周りの家も畑に出て人がいなくなっちまう」

 新井さんの話では、この付近に熊が出没したという。夜行性の動物だから昼間は大丈夫な気もするが、夕方になって熊に出会ってしまったら……。

 急に怖くなり、真剣な顔で話し込むおじさんと新井さんの声も聞こえない。きっと今この場所に熊が出ても、三人で熊に抗う術はないだろう。

「おい秀人」

 あれこれ考えてると、おじさんの声が聞こえた。

「お前も猟に付いてこい。一人でここに残るより俺たちと一緒にいたほうがいい」

「うん!」

 突然の提案だった。一人で熊が出没する場所にいるのは不安だし、怖くてニホンオオカミの毛皮なんか見に行けない。それに行ってみたかった鹿猟に行くことができるのだ。おじさんの提案に反対する理由なんて、僕にはなにもない。

 いつの間にか姿が見えなくなっていた新井さんが二匹の犬を連れて姿を現した。赤い虎毛と黒い虎毛が綺麗な二匹の甲斐犬だ。差し尾を振りながら歩く二匹の甲斐犬を、新井さんがゴローとハナが乗っている荷室へ乗せると、二匹の地犬と二匹の甲斐犬がじゃれ合い始める。

 新井さんが猟銃などの狩猟道具を後部座席に乗せると、僕は助手席に乗り込んだ。

「じゃあ行くんべぇ」

 最後に後部座席に乗り込んだ新井さんの掛け声で、車は出発した。行先はここからそう遠くない妙法ヶ岳、三峯神社の奥宮がある麓付近だ。

 初めて行く鹿猟に胸をときめかせながら、僕は車の窓から緑で覆われた山の風景に眼をやった。

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