Autographic 第九話:期待

創作長編小説

 おじさんの家の裏手にある坂を下り、三分くらい歩いたところに赤平川は流れている。初夏の日差しを浴び、緑が濃くなっていく鬱蒼とした森を抜けると、薄暗い視界が急に開け明るく太陽が輝く川へ出た。

 ゴールデンウィークも終わった五月半ば、晴れた日は午後になると気温が上昇して、長袖シャツでは汗が出てくる。釣り竿を河原に置き、ゴローとハナを繋いでいるリードを外すと、二匹の犬はワンワン吠えながら嬉しそうに河原を走り回りはじめた。

 ゴローとハナが遊ぶのを眺め、少ししてから河原の石をひっくり返して餌になる虫を捕まると、釣り針に付けて上流にある川の淀みを狙って投げ込んだ。

 川の上流だけあって流れが速く、あっという間に浮が流れていく。竿を上げ、淀みを狙って再び投げ入れると水に翻弄される浮が一気に沈み、反射的に竿を上げた。

「やった!」

 激しく暴れる魚に糸を切られないよう、右手で釣り竿をコントロールにながら少しづつ河原に近付けていく。やがて魚は暴れるのを止め、川面から姿を現し僕の左手に収まった。釣り上げたのは二十センチ以上ある山女魚だ。何匹か釣れば夕飯のおかずになる。僕は山女魚を魚籠に入れ、河原の石を裏返して餌になる虫を探し、釣りを続ける。

 釣りを始めてからも、ゴローとハナが僕の側にきて遊ぼうと誘ってきていた。僕は山女魚を六匹釣ってから釣り竿を置いてシャツの袖をめくりあげ、近くに落ちていた木の枝を取って足元でウズウズしているゴローとハナに枝を見せて遠くに投げると、二匹の地犬は勢いよく走りだした。

 枝はハナが取り、ゴローに横取りされまいと巧みにかわしながら僕のところへ持ってきて、「どうだ!」と言わんばかりに得意げな顔をする。ハナの頭をなでて褒めてやり、また枝を放り投げると、枝に向かって走る二匹のうち、今度はゴローが枝を咥えて僕の元へ走ってきた。

 ゴローの頭をなでて褒めてやり、また枝を投げる。そんなことを繰り返して二匹の地犬と遊び、気がつけば夕方になっていた。

 ゴローとハナをリードに繋ぎ、山女魚が入った魚籠と釣り竿を手に持ちおじさんの家に向かい、庭で植木の手入れをしていたおじさんに山女魚が入った魚籠を見せると笑顔になり、今夜の夕食に出してくれるという。

「よく釣ってきたな。今夜は囲炉裏で山女魚を串焼きにしてやらぁ」

 今夜は山女魚の串焼きに決定だ。ゴローとハナを檻に入れ、おじさんと二人で台所からザルと塩を持ってきて庭で山女魚に串を打ち、おじさんが湧かしておいてくれた風呂に入った。

 貧血を起こしたり気分が悪くなるようなこともなく一日を過ごし、なんとも気分がいい。風呂から見える、山の向こうに沈んでいく夕陽を見ながら鼻歌を歌い、窓から入ってくる爽やかな風を感じながら風呂から出ると、おじさんが囲炉裏で山女魚を焼いてくれている。美味そうな匂いに腹が鳴り、座るとすぐに山女魚を取りかぶりついた。

「おじさん、明日は何時ごろ猟に行くの?」

「そうだいなぁ……新井んちに八時に着けばいいから七時には出発すっか」

 おじさんと話しながら、僕は気になっていたことを聞いてみた。

「おじさん、やっぱり僕は猟について行っちゃ駄目なの?」

「和美も秀幸君も心配するから駄目だ。それに猟銃を使うからあぶねえ。夕方には戻るから、三峯神社へ行って狼の毛皮を見たり新井んちの周りで時間を潰してろ」

「ちぇっ! 僕も猟へ行ってみたかったなぁ……」

 母さんが帰れば猟へ行っていいと言われるかもしれないと期待してた。だけど、おじさんは鹿猟へ付いてきていいとは言わなかった。それも仕方ない。僕は療養に来たんだし猟は体力を使うに決まってる。鹿猟に付いて行って貧血を起こして倒れでもしたら、父さんも母さんも怒るだろうし、おじさんにも迷惑がかかる。

 僕は鹿猟へ行くのを諦め、昼間ゴローとハナと遊んで疲れてたこともあってか、食事が終わると早々に床に就くことにした。

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