ロックンロール・ライダー:第二十七話
密集したパンクスの熱気で温度が上がるライブハウス、革ジャンまで汗まみれになった体を大勢の男たちに揉みくちゃにされながら興奮度が上がり続ける。
俺の周りで喧嘩をはじめる奴らまで現れたが、そんなこと知ったことじゃない。
「ヒナタ出てこい! ヒナタァッ!」
気がつけば、ステージから去ったメンバーの名前を叫ぶ俺がいる。
頭から滝のように流れる汗を拭うこともせず一心不乱に叫んでいると、俺たちの声に反応したスターグラフがステージに現れ演奏しはじめた。
再び轟音が鳴り響き、意識がステージ上のメンバーとシンクロしていく。
後ろからギュウギュウ押されて潰されそうになりながらも、前にいる奴の両肩を掴む。すると、そいつは歌いながら振り向き、頷いた。
(いけぇっ!)
おもいっきりジャンプし、密集した人の塊の上を転がり回る。
ダイブして転がる俺が邪魔なため、人の塊から手が伸びてきてどんどんステージの方へ押し転がしていく。
ステージ上に落ちた俺は興奮しながらマイクを掴み、曲に合わせて「シット! シット!」と叫んでいるところを、舞台袖から出てきたローディーにフロアに向かって押し戻された。
最前列で大勢のパンクスに押されながら拳を突き上げ歌い、飛び跳ねているうちに演奏が終わりメンバーがステージを去っていく。
「ヒナタァッ!」
メンバーの名を叫ぶも今度は出てこず、ステージの灯りが消えると同時にフロアが明るくなった。
パーティー・イズ・ジ・エンド。
ボゥッとして目の前のドラムセットを見つめながら立ち尽くす俺の周りから、一人、また一人と去っていく。
俺もステージに背を向けて歩き出し、フロアを後にして歩き出した。外に出て先輩を探し、早く帰ることにしよう。
ライブハウスから出て周りを見ると、あちこちに大勢のパンクスがいる。その人混みの中から板野先輩を探すためウロつくが、なかなか見つけられずにライブハウス前の歩道を行ったり来たりしていた。
「安養寺!」
聞き覚えのある声が響き、道路の反対側を見ると板野先輩が手を振っている。
手を振り返して道路を渡り、先輩とライブの感想を話しはじめた。
「先輩、今日のスターグラフどうでした?」
「いや良かった。ギターが代わってライブパフォーマンスがどうなるか心配してたけど、想像してたより良かった」
「俺も想像以上に楽しめました。新しいギターの奴、凄く良かったですよ」
今日のライブを見た感想とバンドの新しいギターの印象を評価し合いながら駅に向かい、この後どうするかの話になった。
明日は日曜日、ライブの余韻に包まれた俺の興奮は冷めないし、このままどこかで朝まで語り合ってもいい。
「ファミレスにでも行きますか?」
「いや、コンビニで酒と食いものを買って、高円寺の俺のアパートに行くっぺぇ」
話は決まった。先輩のアパートへ行き、ライブの興奮が冷めるまで語り明かそう。
新宿ロスト前の歩道から大久保駅に向かって歩き、中央線に乗り込む。高円寺までは僅か三駅だ。
土曜日ということもあり、電車は空いている。
ホームに滑り込んできた電車に乗り込み、高円寺に到着する間もスターグラフのライブについて話しは止まらない。
あっという間に到着した駅で降り改札を抜け、途中のコンビニに寄って酒とつまみ、弁当を買い先輩のアパートを目指す。ガラガラだった電車の中と違い、週末の街は人出が多く浮かれた感じだ。
華やかな表通りから路地に入り、少し行くとアパートに到着した。
「入れよ。遠慮するな」
アパートは木造二階建てで築三十年といった感じ。先輩の部屋は一階の奥から二番目にあった。
見回せば、室内は服や雑誌が散乱しており、先輩は足でそれらを隅に持っていきスペースを作っている。
(汚えな……)
物をどかす度に埃が舞い上がる部屋の空いた場所にエロ本の山を置き、コンビニで買った弁当を乗せたのだがイマイチ食う気になれない。ひょっとしたらエロ本に、俺の体からも出ている白い体液が付着しているのではないかと思ったからだ。
そうは言っても腹は減ったし、先輩は自分が買った弁当を開けて食べはじめてる。
「遠慮するなって。座って弁当食えよ」
飯を口に入れながら喋る先輩促され、俺も覚悟を決めた。
エロ本の山の前に座り、レジ袋から弁当と箸を取り出して食いはじめる。埃を立てないよう、細心の注意を払いながら。
生姜焼きを頬張りながら飯を口に入れ、買ってきた缶ビールを飲みながら先輩を見ると、もう弁当を食い終わり缶チューハイを一本空にしている。
すると、空き缶を床に置きながら先輩が口を開いた。
「なあ安養寺、今日のライブを見てて思いついたんだが、俺とバンドを組まないか?」
突然の先輩からの提案に驚き、俺は慌てて飯を飲み込んだ。
「いいっスね! やりましょうよ! で、どんな音のバンドやるんスか?」
「おまえハスカー・ドゥ好きだろ? いま考えてるのは、ディスチャージとモーターヘッドとハスカー・ドゥを混ぜたようなハードコアパンクバンドだ」
「それ凄いバンドになりますよ!」
なんと先輩は、今日ライブを見たスターグラフのようなパンクロックバンドではなく、ハードコアバンドを組もうと言う。
俺もスターグラフが好きだが、最近はもっと根源的なパワーを持つバンドにハマッていた。ポイズン・アイディアのようなメタリックなエッジを持った、速くて重い音のパンクバンドに。
何故かは分からないが、このバンドは凄いバンドになる。そんな予感がし、自然とバンドの構成や音作りについての話になった。
「当然、俺がシド・ヴィシャスみたいにベースで決定だっぺ。お前、楽器は何ができるんだ?」
「ちょっとだけギター弾けます」
「じゃあ、お前がギター。あとドラムとボーカルを探さないとだな」
「ライブハウスのメンバー募集でも見てみましょうか? 俺、帰りがけに目黒の悲鳴館でも寄ってみますよ」
「そうすっぺぇ。速いビートでドラム叩ける奴を探さなきゃな」
こんな感じのリフをどういう曲で、どんな音で演ろうか。
買ってきた酒を飲みながら延々と話してるうちに寝てしまい、目覚めればいつの間にか空が明るくなっている。
アパートの外に出て煙草を一本吸い、先輩が起きるのを待ってから別れを告げ、俺は目黒へと向かった。
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