Heaven Sent:第二十四話(最終話)

創作長編小説

 夢で見るだけだと思っていた光と声が、なぜ真昼の店内に出現したのか分からない。だから混乱した。光の中から人が現れ、しかもあの声が「仲良くしろ」と、今まで見た夢とは違うことを言ったのだ。

 でも、俺はすぐこの篠塚由樹という女が嫌いになった。いちいち癪に障ることを言っては俺をイラつかせる。もっとも、俺が彼女を嫌いだったように、彼女も俺のことが嫌いだと言ってたようだった。

 店舗の飲み会でカラオケに行ったとき、パンクやハードコアしか知らない俺が辛うじて知ってる、近藤真彦の「ふられてバンザイ」を歌ったときも、サビの部分が間違ってるとゲラゲラ笑いやがった。しかも翌日、「バンザ~イ バンザ~イ あぁフラ~れ~て フラ~れ~て ペッペッペッペッ!」と、周りに唾を吐くようにしながら俺の間違った歌を真似しやがる。もっとも俺が歌ったとき唾を吐くようにしたから仕方ないが。

 店舗がオープンして半年後、篠塚由樹は他店舗へ移動になり、代わりに新入社員が配属されたので正直ホッとした。毎日イライラしてたのがなくなり、新店舗の売り上げも順調だ。仕事に励みながら一年が過ぎたころ、商品部のバイヤーから篠塚由樹が退職したという話しを聞き、なぜかは分からないが寂しさが込み上げてきたのを覚えている。

 その年の九月、友達の結婚式に出席するため祝儀袋を買おうと勤務先近くの店に行くと、レジに見覚えのある女が立っていた。

「ここで働いてるんだ」

 レジ内で下を向いて作業してた女に声をかけると、顔を上げた彼女の目から涙が溢れ、すぐ大粒の涙になり頬を伝った。驚いてなにも喋れずにいると、篠塚由樹は袖口で涙を拭い、ホッとした顔でニコリと微笑んだ。

 一緒に働いてた頃と違って「嫌い」という感覚もなく、お互い好きな映画の話で盛り上がり、翌週から上映される映画を、休みが同じ日に一緒に見に行くことに。それから二人で遊びに行ったりするようになり、やがて俺たちは付き合い始め、三年後に結婚した。

 付き合ってるときは話してくれなかったが、初めて見たとき彼女が光の中から現れたように、彼女からは俺が光の中に立っているように見えたらしい。彼女の退職後に再会した時も、俺を見て、やっと会いにきたと思って急に涙が溢れたそうだ。今でも、なんでそう思ったのかは分からないらしいが。

 結婚直前に、離れた街にある店舗へ店長として転勤になったため、新婚生活は知らない街でのスタートになったが、新人アルバイトの女の子に仕事を教えてるところを買い物にきた彼女が見て、「若い女の子相手に鼻の下を伸ばしてベタベタ体を触っている」と怒り、結婚早々大喧嘩になった。鼻の下を伸ばして体を触るなんて身に覚えがないことなので俺も怒ったが、仕方なく俺の方から謝り、なんとか大魔神の怒りを鎮めたのを昨日のことのように覚えている。

 あれから二十年、子供には恵まれなかったが毎日楽しく暮らしている。平凡な家庭とちょっとした充実感、冷えたビールとRock’n’Rollさえあれば今の俺は幸せだ。勤務店舗が土地絡みで閉店することになってしまい、次の勤務地が実家からじゃないと通勤できる距離ではないため、一昨日実家に戻ってきた。俺の再婚前年に親父が死に、長い間お袋を一人にしてしまっていたので、ようやく親孝行できるのが嬉しい。

 昨日、実家への引っ越しが終わって近くのコンビニへ行く途中、偶然にも小和田に会い昔話に花を咲かせた。すっかり付き合いが遠のいてしまった同級生たちは、栗崎健は兄貴と自動車修理工場を営み、高田は実家で農業、本田健司は歯科技工士、久下塚学は工場勤務、富田優は京都大学卒業後、外資系金融会社で働いてるらしい。そして、あの頃の仲間のことを教えてくれた、異常に眼つきが悪くなっていた小和田は、残念ながらヤクザになってしまったと後に知った。

 でも、小和田は俺を見つけて嬉しそうに声をかけてきたし、話すことは子供の頃のことばかりだった。俺と同じように、きっと小和田にとってもあの頃の思い出は宝物なんだと思う。小和田は、あの頃の仲間と会うと全員同じ思い出話をするって、楽しそうに話してた。

 そうそう、心霊写真を撮りに行った日に追いかけられた「丸眼鏡の恐怖」大島先生は、定年間近の冬休み前、理科室で隠れて酒を飲んでるところを校長先生に見つかり、有給休暇を消化して定年退職。確かあの日、奥さんがタクシーで迎えにきたな。ヒステリー女の田中女史は、元カレとのSMプレイとハメ撮り写真が婚約者に見つかり、結婚が破談になって他校へ異動した。きっと田中女史が女王様だったんだろうと学校中大騒ぎだった。

 さあ、明日から新しい店舗に出勤だ。次の店舗は、オープンから俺の地元の先輩が長年店長を務めていた山間の街にある店舗だ。今日はこれから、氏子の里見達也が帰ってきたと稲荷神社と街の総鎮守へお参りに行こう。あの光と声が、稲荷神社に祭られている宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)なのか、街の総鎮守に祭られている天照大神か、素戔嗚尊か、日本武尊なのか、それとも祖霊なのか分からないが、あの日から見続けた光と声の夢はこれからも俺を導いてくれるに違いない。

 あの光と声は、俺を守ってくれる天の声というか、神様のようなものなんだと思っている。そして由樹は天からの贈りもの、神様が俺に授けてくれた宝物だ。宝石のように輝くあの頃の思い出とともに、これからも由樹と二人、平凡で長閑な人生を歩んでいければこれ以上の幸せはないだろう。

《了》

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