Autographic 第八話:川へ

創作長編小説

 母さんとおじさんが蕎麦を食べ終えると、お茶を飲みながらしばらく三人で雑談して店を出た。おじさんの子供の頃からの友達である蕎麦屋の主人が、女将さんと外まで出て笑顔で僕らを見送ってくれる。僕も主人と女将さんに挨拶して車に乗りこんだ。

 退院したばかりの僕の目に、見慣れているはずの初夏の山が新鮮に映る。病院食に慣れた僕にはカツ丼はご馳走であり、少々重い昼飯だった。でも、久しぶりに腹いっぱい食べられて満腹感を味わい、なんとも気分がいい。

 おじさんの家に到着すると、ゴローとハナの鳴き声を聞きながら母さんと車から着替えを取り出し、おじさんの家の中に運び入れる。家に上がり、大きな鹿の角が壁に飾ってある居間へ行って座り、母さんが淹れたお茶を飲みながら三人で談笑していると、おじさんが僕の方を向いて話してきた。

「秀人、さっき狼のことを話してたんべ。明日の猟は大滝村だけんども、三峯神社の博物館で狼の毛皮を展示してる。一緒に行って見てみるか?」

「うん! 行く!」

 おじさんからの突然の提案に、僕は踊りあがらんばかりに喜んだ。本物のニホンオオカミの毛皮が見られる。博物館なら、学芸員に狼の生態についてや、現在もニホンオオカミが生き残っている可能性があるか聞けるかもしれない。

「だめよ。猟なんか行けるわけないでしょ。おじさんも秀人を連れて行くなんて言わないでちょうだい」

 間髪入れず母さんが反対した。それも当然だ。僕は療養のために小鹿野へ来たのだから。だが、おじさんは母さんを宥めるように話を続けた。

「心配すんな、猟に連れて行くわけじゃねえ。三峯の新井と鹿の駆除へ行くんだし、奴の家からなら三峯神社は歩いて一時間かからねえ距離だ。退院したばかりで体力が落ちてるがもしんねえが、山の中を散歩しながら神社へ行ってみんのも気分転換になんべぇ」

「仕方ないわね。ちゃんと薬を飲んで、貧血をおこさないようにするのよ。あの辺りで道に迷ったら遭難しかねないんだから」

「わかってるよ。毎日飲むって!」

「お母さんもう帰るけど、羽目を外しておじさんに迷惑かけないでね」

「大丈夫さ。火曜に迎えにきてね」

 正直、心配する母さんが鬱陶しかった。いくら病気治療中といっても、僕は今年十五歳になるんだ。自分のことは自分でできるし、危険かどうかも判断できる。それに山の中といっても埼玉県だ。よほど山奥へ行かない限り遭難なんてするわけない。

 話しも終わって全員が立ち上がり、外に出て車に乗って帰宅する母さんを見送ると、僕はゴローとハナを連れて赤平川へ釣りに行くことにした。

「おじさん、ゴローとハナを連れて赤平川へ釣りに行ってくる」

「釣りか。竿なら物置に入ってらぁな。餌は河原の石の下にいる虫を使え。ゴローとハナは河原に行ったら放してやれよ」

「わかった! 行ってきま~す!」

 僕は物置から釣り竿と竹の魚籠を探し出し、檻を開けてゴローとハナの首輪にリードを繋げると、二匹の地犬に引っ張られながら赤平川目指して出発した。

「日が暮れる前に帰ってこいよ!」

 真上にある初夏の太陽の日差しを浴びながら後ろから声をかけるおじさんに手を振り、僕はゴローとハナと共に家の裏手にある川へ降りていった。

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