Autographic 第三話:透明

創作長編小説

 朝、目が覚めるとバイタルサインチェックをして、朝食前に放射線治療。放射線専用の部屋へ行き、治療前の説明で、放射線を体に当ててどれくらいのエネルギーが吸収されるかを、Gy(グレイ)という単位を使って説明されるものの、まったく分からない。放射線機器の治療台の上に寝て、ジッと目を閉じ放射線照射が終わるのを待つ。

 ブザーが鳴り、放射線技師の若い男の人が出てきて、気分が悪くなったらすぐ看護師を呼ぶように言われて終了。毎回思うが、治療台の上に寝て、目に見えない放射線を当てられただけで白血病が治るのか疑問である。

 治療台から降りてスリッパを履き、病室に戻ると朝食が用意されていた。ベッドの上で体を起こし、犬の雑誌の続きを読みながら味の薄い病院食を食べる。甲斐犬の特集の続きを読んでいると、昔の猟師は良い猟犬を作出するため、時期が来ると牝犬を山の中に繋ぎ留めて狼と交配させたと書いてあった。犬と狼が自然交配するなんて信じられないが、犬は人間が狼を飼いならして進化した動物だ。猟師が犬を山に繋ぎ留めても、そのほとんどは野良犬と交配してたんだろうが、昔から日本に住んでた犬に狼の血が流れてるかもしれないなんて、ちょっとロマンがある。

(おじさんの地犬にも狼の血が流れてるのかなぁ……)

 犬は狼の亜種なんだし、犬も狼だと言ってしまえばそれまでだが、百年以上前に絶滅してしまったニホンオオカミが、犬と交雑しながらでも遺伝子を残してたとすると、それはそれで生命の力強さを感じる話だ。

 雑誌を読みながらそんなことを考えてると、病室のドアが開き着替えを持った母さんが入ってきた。

「おはよう秀人。ちゃんと朝ご飯食べてる?」

「さっき食べ終わったところだよ。嫌いな梅干しも全部ね」

 本当は、嫌いな梅干しはティッシュに包んでゴミ箱に捨ててしまった。だが、母さんは僕が入院してから入院中の生活態度や食事のことで以前にも増してうるさくなっている。「好き嫌いせずなんでも食べないと病気が治らない」と、梅干しや魚など、僕の嫌いな食べ物を無理やり食べさせられていた。

 母さんとおしゃべりしてると、ドアをノックする音が聞こえ看護師さんが入ってきた。

「大舘さ~ん、問診があるので診察室までお願いします」

 今日は放射線治療の後に、榛沢先生の問診と治療経過の説明がある。治療経過次第では家に帰してもらえるかもしれない。母さんも、榛沢先生から治療経過の説明を受けるために朝早く病院へ来たのだ。

 母さんと二人、看護師さんの後に付いて診察室へ行くと、榛沢先生が椅子に腰かけてカルテを見ていた。僕が椅子に座ると先生はカルテを置き、上着を脱ぐように言う。指示されるままパジャマの上着を脱いで一通り問診を受けると、再び右手でカルテを持った榛沢先生が口を開いた。

「数値は良くなってきてるね。最近、目眩や吐き気は続いてる?」

「ここのところ、目眩や吐き気は頻繁に起こらなくなってます。目眩はたまにしますが。でも、前みたいに急に目の前が真っ暗になることはありません」

 僕が体を前後に揺らせ、両手で椅子の座面の両側にあるフレームをいじりながら答えると、榛沢先生は上を向き左手を下顎に当てて考え込んだ。何度か人差し指で下顎を擦った後、僕と僕の後ろに立っている母さんを交互に見た榛沢先生は、僕が待ち望んだ言葉を口にした。

「うん、病院も退屈だろうから、明日退院して自宅療養に切り替え様子を見ましょう。ただし、まだ学校へ行くのは駄目だよ」

「やった~っ! 先生、運動しなければ、おじさんの家に行ったりしてもいいんでしょ? 僕、秩父まで子犬をもらいに行きたいんです!」

「この前話してた、赤平川の近くに住んでるおじさんの家? 自然の中で過ごせるなら構わないよ。ただし、毎日薬を飲んで、週一回治療に来ること!」

「分かりました。約束します!」

 とうとう病院から出られる。週一回病院で治療を受けなければならないのは面倒だけど、退屈な病院から出られるなら我慢しよう。

 僕は榛沢先生に礼を言って病室へ戻ると、母さんと二人で退院の準備を始めた。

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