Autographic 第二十三話:絶滅

創作長編小説

 お守りをジーンズのポケットにネジ込み、神楽殿の横を通って参道を進む。参道は、両脇に生い茂る多くの木から漏れる光が、所々木漏れ日を作っている。痛い脚を引きずりながら、ニホンオオカミの毛皮を見るため僕は急ぎ足で歩く。

 緩やかな下り坂を通り、参道が平坦になってくると前方に三ツ鳥居が見え、右に三峯山博物館の建物が見えてきた。

 鳥居をくぐり博物館の前へ行くと、建物の左側に小さな像が立っている。この神社を創建した記紀神話に出てくる人物、「日本武尊」と台座に記されていた。

 日本武尊にペコリと頭を下げ、博物館の中へ入っていく。ドアを開けると、左側のカウンターで本を読んでいたおばさんが声をかけてきた。

「入館料は三百円です」

 入館料として三百円を請求されたが、カウンター上の壁に貼ってある料金表には「一般:三百円、中学生まで:百円」と書いてある。

「中学生なんですけど」

「あら、ごめんなさい。背が高いから高校生かと思っちゃった。中学生は百円です」

 土産物屋の美津子さんと違い、地元のおばさんというよりインテリな感じのする女性である。僕はポケットから財布を取り出して百円を払い、ニホンオオカミの毛皮について尋ねた。

「すいません、ニホンオオカミの毛皮を見たいんですけど」

「ニホンオオカミは正面通路右側の部屋に展示しております。ハイイロオオカミやシンリンオオカミなど、他の狼の剥製も展示してますよ。通路の左側は三峯神社にまつわる資料の展示室で、奥は秩父宮様御下賜の品々の展示室です。なにか聞きたいことがあれば声をかけてください」

 おそらく博物館の学芸員と思われる女性に教えられたとおりに通路の右にある展示室へ入ると、目の前のガラスケースに何体もの狼の剥製や毛皮が展示してある。剥製はハイイロオオカミとシンリンオオカミ、ホッキョクオオカミやインドオオカミも展示されている。

 現存種である狼の剥製が壁面のガラスケースに入っている中、目当てのニホンオオカミの毛皮は展示室中央の床に置かれたガラスケースに入っていた。

 大陸の狼と比べると体が小さくて脚が短い。耳の先端が丸くなっており、目の周りの体毛も大陸狼と違って体毛色が薄くない。爪は黒く全身が茶色と灰褐色の毛に覆われ、毛の先端が黒いのは他の狼と同じだが、背中が松皮模様になっていて尻尾の先端が黒くて平らになっている。

 初めて見るニホンオオカミは、壁面のガラスケースに展示されている大陸の狼たちと違い、なんだか犬っぽい。ゴローとハナを一回り大きくした犬というか、冬毛が抜けたロボにしか見えず、少々拍子抜けしてしまう。

(ニホンオオカミって、生き残ってても犬と勘違いされちゃいそうだなぁ……)

 金色の瞳で歯をむき出し、人間を威嚇する凶暴そうな狼を想像していた僕は、ニホンオオカミは犬と大差ないのではないのかと思い、学芸員に尋ねてみることにした。

 展示室を出て受付に向かうと、気配を感じたらしい学芸員の女性は読んでいた本を閉じて僕を見ている。

「あの、ニホンオオカミについて聞きたいことがあるんですが」

「どんな質問ですか?」

 僕は立ち上がった学芸員に、思った事を聞いてみた。

「初めてニホンオオカミの毛皮を見ましたが、なんだか僕が連れてる犬と変わらないように見えました。絶滅したとされていますが、きちんとした調査もされてないようですし、もし生き残ってても野犬としか思われないんじゃないでしょうか?」

 学芸員の女性はニコリと微笑み、僕の疑問に答えてくれる。

「良い質問ですね。まず、ニホンオオカミは狼の亜種の中で最も小型で、中型犬くらいの大きさしかありません。遺伝子調査の結果、ハイイロオオカミの亜種とされてますが、大陸の狼とも犬とも遺伝的に異なる系統であること、本州、四国、九州の各地域で捕獲されたサンプル間の遺伝的差異は小さく、遺伝的に均一性の高い集団であることが確かめられました。ニホンオオカミの頭骨を研究していた学者も、頭骨に六ヶ所の相違点があるため独立種と分類すべき、との論文を発表しています」

 学芸員は一息つき、話しを続けた。

「大陸に現存する他の狼と違い、確かに小型で犬のような風貌なので、生き残っていても変わった犬としか思われないかもしれません。狼を見たことがない現代日本では、その傾向が特に強いでしょう。個人的には絶滅してると思いますが、もし生き残っていたとして山中でニホンオオカミを見たら、シベリアンハスキーなどの狼に似た犬種と間違われても不思議じゃないでしょうね。犬も狼の亜種ですし、頭骨を確認したり遺伝子調査をしないと区別できませんから」

「じゃあ、きちんと学術調査をしなければ絶滅してるか分からないんじゃないんですか? 山の中に犬がたくさんいるし、野犬の群れだと思ってるのがにニホンオオカミの群れかもしれない」

「秩父でニホンオオカミを探している人の中には、山中で狐に似た変わった犬を見たことがないか聞き込みをしてる人もいますよ。家畜化された犬と違い、狼は雌雄のペアを中心として四頭から八頭ほどの社会的な群れを形成し、それぞれの群れの縄張りの広さは百平方キロメートルから千平方キロメートルにまで及びます。もしニホンオオカミが生き残っていたとしても、群れがいきていくのに必要な縄張りの大きさを考えると極少数しか生き残っていないと考えられるので、遭遇する確率は極めて低いでしょう。それに、絶滅せずに種を残すための最小個体数を考えると、現在まで生存していると考えるのは難しいです」

 学芸員の話には説得力があった。大学で野生動物について学んだ人なんだろうし、素人が「もしかしたら生き残っているかもしれない」と見る夢を打ち砕く、狼の生態に基づいた説明だ。

 やはりニホンオオカミは絶滅してしまったのかとガッカリしている僕を慰めるように、学芸員の女性が話しはじめた。

「君は狼が好きなんだ。狼の姿は美しいし、優しい動物だから好きになる人が多いもんね。狼は感情豊かで好奇心旺盛、牡はつがいになった牝にプレゼントをしてみたり、相手が妊娠したら牝の分まで食料を調達するし。子供が生まれたら遊び相手をしてやり家族である群れの仲間全員で子育て。ずっと続いてきた狼の生活は、ある意味人間より純粋な家族の生活よね。人間の子供が狼に育てられた事例が実際にあるけど、異種であっても育てようとする狼の愛情深さに感動を覚える人も多いわ。それに私、アラスカのロミオっていう黒い狼の話しが大好きなの」

 そう言うと学芸員は、ロミオと呼ばれた黒い狼の話を聞かせてくれた。

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