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管理人:Inazuma Ramone

Autographic 第三十話:自然

創作長編小説

 翌朝、目を覚まして朝食を食べ終え、父さんと和幸を見送り小鹿野のおじさんの家に行くため着替えを用意しはじめたものの、今度は何日泊まっていいのか分からない。一階に降りて洗濯している母さんに聞くと、検査で帰ってこなければならないため、一週間分でいいと言う。

 二階に戻り一週間分の着替えをバッグに詰め、スマホでニュースを見ながら母さんの仕事が終わるのを待った。

 ニュースでは、四月に決まった新紙幣発行の話が取り上げられている。新しい壱万円札に採用されたのは渋沢栄一、僕の家から自転車でも行ける距離の血洗島出身だ。子供の頃から知っている郷土の偉人で日本資本主義の父と言われている人物、同級生に渋沢家の分家の奴がいるので個人的にも親しみが湧く。

 こんな近くから出た人が札の肖像画になるとは考えたこともなかったので複雑な思いに耽っていると、母さんから出かけると声が掛かったので一階に降りた。車に乗り小鹿野へ向かう間も、僕と母さんは渋沢栄一の話ばかりだ。少々興奮しながら話しをしてるうち、車は小鹿野に到着してしまった。

「おう和美、秀人」

「おじさん、こんにちは」

 庭で鎌を研いでいたおじさんは母さんに任せて犬がいる檻に向かうと、僕の気配を感じたゴローとハナがワンワン吠え、檻の中を動き回る音が聞こえてくる。

 庭の植え込みの陰から檻を覗くと、ゴローとハナ、ロボの三頭が元気に動き回っていた。

「ロボ! ゴロー! ハナ!」

 大きな声で名前を呼ぶと、三匹の犬は檻の中で一層激しく動き回る。僕は檻に近寄り、鉄格子の間から手を入れ犬たちの頭を撫でた。後ろを見ると、おじさんと母さんがいない。二人とも家に入ってお茶でも飲んでるんだろう。

 二人に構わず犬の頭を撫で続けているうち、おじさんと母さんが玄関から出てきたので、僕も犬たちから離れて二人の所へ向かう。

「じゃあ秀人、お母さん帰るから。来週の月曜日に迎えに来るわね」

「わかった。月曜ね」

 そう言うと母さんは車に乗り、窓を開けた。

「おじさんの言うこと、ちゃんと聞くのよ。おじさん、秀人をよろしくお願いします」

「わかってる。和美、気を付けて帰れよ」

 おじさんと二人で母さんが帰るのを見送り再び犬の檻に行こうとすると、鍵を持ったおじさんに呼び止められた。

「秀人、これから狼沢へ行くぞ。犬たちを車に乗せろ」

「狼沢? 猟へ行くの?」

「猟をするんじゃねえ。ロボを山に帰すんだ」

 ――おじさんの言葉が信じられなかった。ロボを飼っていいって言ったのに、山へ帰すってどういうことなんだ……。

「なんで!? 飼っていいって言ったのに! なんで山へ帰すの!?」

 おじさんは難しい顔をして僕の両肩を掴み、言い聞かせるように話しはじめた。

「よく聞け秀人。ロボは犬じゃねえ、信じられんが狼だ。山の動物と人間はいっしょに暮らせねえ。必ず人間に牙を剥く。神様の御使い、大口真神を人間の世界に連れていっちゃいけねえんだ」

 狼……ロボが狼だって? 絶滅したはずのニホンオオカミが生きてるはずないじゃないか。おじさんが何を言ってるのか分からない。僕は大声でおじさんに逆らった。

「ニホンオオカミは絶滅してる! おじさんだって言ったじゃないか! 狼なんか見たことないって! ロボは野犬だよ!」

 おじさんは溜息をつき、僕の目を見つめたまま立っている。その目は見たことがないほど厳しく、無言で僕の気持ちを押さえつけようとしている感じがした。

「両神山で子犬を拾ったとき、初めの何日かは信じられなかった。だが、子犬の行動を見れば見るほど爺さんから聞いてた狼そっくりだと思ったよ。だから、子犬の傷口がふさがってきたのを見て、俺が首輪を外して赤平川の向こう側に放した。ロボは間違いなく狼だ。絶滅したと思ってた狼は生き残ってたんだ」

「ロボがニホンオオカミなら大発見じゃないか! おじさんの言ってることはおかしいよ! 人間が保護してやらなきゃ本当に絶滅しちゃう!」

「思いあがるな!」

 おじさんの怒鳴り声で、僕はビクンと体を震わせた。見れば、おじさんも体を震わせている。

「人間は万物の霊長じゃねえ、人間も自然の一部なんだ。人が自然を管理するなんて思いあがり意のままにしようとすれば、やがて自然は人間を淘汰するだろう。人間の活動の結果、狼は数を減らした。だが、自然は人間の意のままにならず、絶滅したはずの狼は生き残っていた。人は自然を管理できない。思い上がっちゃいけねえんだ。さあ、犬を連れて狼沢へ行こう」

 おじさんに鍵を渡され、僕は目に涙を溜めながら犬たちの所へ向かい檻の扉を開けた。外に飛び出した三匹は嬉しそうに走り回り、交代で僕の口を舐めてからおじさん目指して走っていく。おじさんは犬たちを車に乗せて運転席に座り、エンジンをかけた。僕は涙がこぼれそうになるのを必死に堪えて車まで歩き、助手席のドアを開けてゆっくり乗り込んだ。

 車が発進しても喋る気が起きず、周りの景色も目に入らない。飼いならされてない狼を飼うのが危険なのは分かってる。だけど、せっかくロボと再会したのにすぐ別れなきゃいけないなんて、神様は残酷な運命を定めたものだ。犬のように吠えないと思ってたけど、ロボがニホンオオカミだったなんて……。

 あまりのショックで動転が治まらないうちに、車は三峯神社の下を通って新井さんの家を過ぎ、森の中の細い道を走って狼沢近くに到着した。

 気の進まないまま車から降りて犬たちを出し、おじさんと二人で狼沢へ向かって歩いていく。リードを付けてない犬たちは三匹で先を行き、時たま立ち止まっては僕とおじさんを待った。

 やがて僕が落ちた崖付近まで来ると前方から三匹の子供を連れた野犬が姿を現し、立ち止まっていたロボが僕の方を振り返る。

 ――これでお別れだ。

 僕は一人でロボに近付き、首に抱き着き頭を撫でてから首輪を外し、少し後ろへ下がった。これでロボは自然に帰る。待っていた家族の元へ帰るんだ。

「ほら、家族が待ってる。早く行けよ」

 だが、声をかけてもロボは座って僕を見たまま離れようとしない。しばらく無言で見ていたが、なかなか行かないロボに業を煮やし、溢れる涙も拭かずに大声をあげた。

「行っちまえ!」

 ロボは立ち上がり、家族の元へ歩いていくと子供たちを順番に舐め、振り返って僕をみつめる。やがて、ロボのペアと思われる牝とお互いの体を舐めてから、子供たちを連れ森の奥に向かって歩いていく。何度か振り返るロボの姿が見えなくなり、気配も消えるとおじさんが呟いた。

「きっとロボは、病気で苦しんでるお前の体を治すために現れたんだ。大口真神は神様の使いだ。秀人、自然を畏れ、自然を敬い、自然と共に生きて行け。そうすれば、どんな困難が待っていても乗り越えられるさ」

 おじさんの言葉に、僕は袖口で涙を拭きながら頷いた。生きることは戦うことでもある。苦しくても悲しくても諦めず、生きて行かなければならない。人生に意味はなくても、生まれてきた以上は生きるんだ。ロボは自然の中で戦い、自分で道を切り開き自分の遺伝子を未来に繋げている。ロボが教えてくれたように、僕も必死に生きていこう。この自然と共に、自然の中で大いなる音色を感じながら。

 ロボと出会ってからの記憶が、まるで自動撮影された写真のように脳裏を過ぎていく。その写真の一枚一枚に僕の自筆の署名を入れ、記憶の中に焼き付けながら、おじさんと二人、木漏れ日の緑の中を車に向かって歩いていった。

《了》

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