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第4回ツギクル小説大賞で、当サイトの作品、夢幻の旅が奨励賞を受賞しました。
管理人:Inazuma Ramone

Autographic 第二十九話:希望

創作長編小説

 採血が終わり、看護師さんが廊下のベンチに座っていた母さんを呼びに行く。僕がドアを見ていると母さんが入ってきて、榛沢先生が看護師さんが出した椅子に座るよう言う。母さんがバッグを持ったまま椅子に腰かけると、榛沢先生が話を切り出した。

「足首の怪我は心配しなくても大丈夫です。少し早いですが検査をしちゃいましょう。秀人君も怪我してる割には驚くくらい元気だし、前回の検査結果を見る限り病状が回復しつつあるので、今回は二日か三日の入院で済むでしょう」

「入院は今日これからですか?」

「ええ、病室が空いてるので今日から入院してください。手続きは受付でお願いします」

 話しが終わると受付へ向かう母さんと別れ、僕は看護師さんと共にエレベーターに乗り、廊下を歩いて病室へ。四人部屋の病室には小学三年生くらいと思われる男の子が一人と、老人が二人いる。僕はドア近くの、小学生の隣のベッドに案内された。

 テレビを見ている二人の老人とは違い、小学生は本を読んでいる。何を読んでるか気になりそっと表紙を見てみると、昔読んだシートンの狼王ロボである。小鹿野に預けてきたロボを思い出し、思わず声をかけてしまった。

「君、狼が好きなの?」

 小学生は読んでいた本を自分の腹付近に伏せて置き、僕を見ながら答えた。

「うん。狼みたいにカッコいい犬を飼いたいんだ」

「そうか。僕も退院したら犬を飼うことになってる。山で拾った雑種だけどね。でも、姿は狼そっくりな犬だよ」

「本当!? 僕は柴犬を飼いたいんだけど、パパが許してくれないんだ。退院したら遅れた分の勉強しろって」

「病気で入院してるの?」

「虫垂炎で入院したんだ。お兄ちゃんは?」

 一瞬、小学生になんて言おうか迷った。だけど本当のことだし、正直に言おうと決めて話した。

「僕は白血病だから、検査で入院してるんだ」

「そうなんだ。大変だね」

 けっこう決意して言ったつもりだったが、小学生は素っ気なく答えて再び本を読みだしている。なんだか馬鹿馬鹿しくなり、僕も靴を脱いでベッドに寝転んだ。

 やがて、母さんが病室に来て売店で買った文庫本とペットボトルの水を置き、着替えを取りに行ってくると言い家に帰ったので、手持ち無沙汰になった僕も文庫本を読みはじめる。

 病院の売店だからか、ミステリーやサスペンスなどの殺人事件から始まる小説や、死を連想させるような小説は売ってなく、母さんが買ってきたのは『島はぼくらと』という、辻村深月の青春小説だ。

 瀬戸内海に浮かぶ島に住む四人の高校生は、島の唯一の同級生。ある日、島まで「幻の脚本」を探しにきたという見知らぬ青年に声をかけられる。時代に合わせて変化していく島の生活と、脈々と続く文化や人間関係。そこで暮らす四人の高校生と村人の話なのだが、島で暮らす人々に訪れる出来事を、本土の高校へ共に通う高校生たちの視点を通して多面的に描いている青春ストーリー。

 けっこう面白くて一日で読んでしまったが、退院したら同じ作者の作品を読んでみたいと思うものの、今は何冊も本を読む気にならない。同じ日が続く退屈な入院生活が気力を奪い、僕をダメ人間にしてる。

 特にやることもない入院生活、金曜日に虫垂炎の小学生が退院するのを見送り、週明けの月曜日、夕方になって母さんが病院に来たところで、看護師さんに榛沢先生が待つ診察室へ連れて行かれた。

 母さんと二人で診察室に入ると、榛沢先生がカルテを持ったままニコニコ微笑み、椅子に腰かけるよう僕に言う。

「検査の結果、治療で得られる効果以上に数値が上向いてます。数日とはいえ、小鹿野の自然に触れて過ごしたことが大きいんでしょう。これなら入院する必要はありません。大舘さん、ご親戚さえよければ、しばらく秀人君を小鹿野で生活させてみてはいかがですか?」

「でも、崖から落ちて怪我してるし心配で……」

 僕が怪我したことで、母さんは小鹿野のおじさんの家に行かせたくないらしい。おじさんの家に行きたい僕は、固唾をのんで榛沢先生がなんて言うか待った。

「男の子なんだから捻挫なんてどうってことないですよ。これくらい、怪我のうちに入りません。ご親戚に相談して、ぜひ検討してください。治癒するまでの期間が大幅に短縮すると思います」

「――分かりました。主人と相談してみます」

 これで、おじさんの家へ行くのは決定したも同然だ。病気が早く治るなら、父さんが小鹿野行きを反対する理由はないし、おじさんだって僕が行くのを反対しないだろう。なんといってもロボを預けてあるんだ。

 榛沢先生から検査結果の説明を聞き終えて退院するよう言われ、母さんが受付へ手続きに行くのを見てから、実は後頭部も怪我してしまったことを榛沢先生に伝えると、先生は傷を見て「大したことない」と言い、パチンと僕の頭を叩き診察室のドアを開けた。

 病室で荷物をまとめ、待合室で母さんと合流して車で家に帰ると、家では和幸が留守番をしており、小鹿野でのことを聞きたがるので少々ウザい。和幸を相手にせず自分の部屋へ行き、なんて言えばおじさんの家に行けるか考えるとしよう。

 考えてるうちに父さんが帰ってきたので部屋を出てリビングに顔を出したが、母さんが夕食の支度を中断して父さんと話している。母さんは僕を見てから、榛沢先生から聞いた検査結果を話し、おじさんの家に行かせるか相談し始めた。

「先生がそう言うなら行かせればいいじゃないか。おじさんの都合もあるだろうから、電話して聞いてみろよ」

 そう父さんが言うと、母さんはスマホを取り出して電話をかけた。聞き耳を立てていると、予想通りおじさんは僕を連れてくるよう言ってるようだ。

「はい。おじさんがいいなら、明日、秀人を連れて行きます」

 母さんは電話を切り、父さんの顔を見た。

「明日の午前中に連れてこいだって。心配だけど、秀人を猟に連れて行かないように釘を刺しておくわ。また怪我されたらたまらないもの」

「榛沢先生が言ったとおり、男の子なんだから捻挫なんか大した怪我じゃないさ。俺だって中学生くらいのときは怪我だらけだったよ。おじさんが迷惑じゃなければ、秀人を連れて行ってやれよ」

 父さんの言葉で、明日おじさんの家に行くのが決まりだ。僕は夕食を済ませてから風呂に入り、パソコンでニホンオオカミを探してる人たちのブログを見てから寝ることにした。

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