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第4回ツギクル小説大賞で、当サイトの作品「夢幻の旅」が奨励賞を受賞しました。
管理人:Inazuma Ramone

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Heaven Sent:第十九話

創作長編小説

 もしかしたら服や本の間、CDの間に紛れ込んでいるかもしれない。そう思って全ての荷物を取り出して確認するものの、預金通帳も印鑑も入ってない。ダイニングに置きっぱなしになっている何個ものゴミ袋の中や、置いてあるはずのないキッチンや玄関まで探すものの、やっぱり通帳や印鑑は置いてなかった。

 あの口座には、俺の窮状を知った親父とお袋が、自分たちの貯金を切り崩して振り込んでくれた五十万円が入っている。使わずに返そうと思っていたので理恵子には話してないが、失くしたら両親に顔向けできないし、理恵子に持っていかれたとしたら尚更だ。

 呆然と立ち尽して途方に暮れていると、玄関のチャイムが鳴った。こんな時にと思い、イラつきながら玄関のドアを開けると、そこには、できれば今は会いたくない人物が立っていた。

「理恵子……」

「車が停まっていたので、今ならお願いができると思ってお邪魔しました」

「話し合いにきたのか……?」

「話し合うことは何もありません。里見さん、貴方にこれを書いていただきに参りました」

 そう言うと理恵子は、バッグから封筒を取り出して俺の前に差し出した。一瞬ドキリとしたが、封筒を開けると、中に入っていたのは予想通り離婚届けである。理恵子の態度から分かるとおり、やはり話し合いの余地はなさそうだった。

 俺は書くとも書かないとも言わず、既に理恵子が記入と捺印を済ませた離婚届を見ながら無言で散らかったままのリビングまで行き、床に座って自分が記入すべき空欄を見つめた。

「里見さん、貴方は私を苦しめてきたことを分かっているでしょう? 早くサインして私を自由にしてください」

 後からリビングへ来た理恵子が床に座っている俺の前にボールペンを置き、俺にサインするよう催促する。だが、理恵子が言うことに納得できない。理恵子は俺に苦しめられたと言うが、俺だって今日まで悩み、苦しんできたんだ。彼女の話は一方的すぎて、素直に受け入れられなかった。

「俺に苦しめられてきたっていうけど、俺だって今日まで苦しんだんだ。そんなのお互い様だろ? それが離婚の原因だっていうなら、世の中の夫婦はみんな離婚してるぜ?」

 俺に反論されるのを予想してなかったのか、理恵子は顔を真っ赤にして目を見開きながら言い返してきた。

「どこまで自分勝手な人なの! 結婚しても、まともな生活道具すら用意してくれない! 仕事が忙しいからって私を放っておいて、手も握ってくれなかった! 貴方、疲れてるから一人の時間が欲しいって言ったのよ! 私がどんなに淋しい思いをしたか、貴方に分かるの! これ以上私を苦しめないで! 一人の時間が欲しいなら早く一人になってよ!」

 目を吊り上げ、歯を剥き出しにして怒鳴り散らす理恵子を見て、やはり話し合いの余地はないと思った。でも、自分勝手なのはどっちだ? 寝室を別にするようになっても、なにかと理由を付けて俺のベッドにきてセックスだけはしてたのに、「手も握ってくれなかった」なんてことを離婚の原因に挙げられるんじゃ、俺も一言くらい言いたくなる。

「別々に寝るようになっても俺のベッドに潜り込んできてセックスしてたのに、手も握ってもらえなくて淋しいのが離婚の原因か。どっちが自分勝手なんだか」

「これ以上、私を傷付けるようなことを言わないで!」

 俺の目の前に立ったまま怒りの形相で喚き散らす理恵子の顏を見て、初めて彼女を醜いと思った。俺の知っている理恵子は、もっと明るくて快活な女だった。なんだか理恵子の本当の顏を見てしまった気がして、これまでの苦しさや悲しみが一気に失せていく。

 ボールペンを持ち、離婚届にサインしようとしたとき、通帳や印鑑が見当たらないことに気づいて、そのことを理恵子に話した。

「サインしても印鑑が見当たらなくてハンコが押せない。どうするんだ?」

「預金通帳も印鑑も私が持っています。私が印を押しますから、早くサインしてください。離婚届けにサインして頂ければ印鑑や通帳はお返しします」

 ――やっぱり理恵子が持っていったのか。それにしても、離婚するために預金通帳や実印まで人質に取るような真似をするなんて……。カチンときて理恵子を見上げ睨みつけると、理恵子は勝ち誇ったような顔をして言葉を続けた。

「口座に五十万円残っていたので、引っ越し代とアパートを借りる敷金礼金に充てさせて頂きました。それにアパートの連帯保証人には、里見さん、貴方になってもらっています。まだ夫婦なんですから当然でしょう?」

 ――親父とお袋が、俺のために貯金を切り崩して用意してくれた金まで使い込みやがったのか!

 理恵子の言葉を聞き、一気に頭に血が上り立ち上がった。

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Posted by Inazuma Ramone