第二話 Big Women 其の9

オカマ地獄変

「フフッ……訳が分からないって顔してるね。あんた、名前は?」

 シャブリン・ローズに言われ、名乗ってなかったことに気づいたベラマッチャはハッとし、紳士としての己を取り戻して恭しく名乗りはじめた。

「レディ、名乗りもせず失礼した。僕の名はアンソニー・ベラマッチャ、先ほどオヤジ殿からアブドーラ・ザ・ベラマッチャーという名前を付けられた。これからよろしく頼む」

 だが、シャブリン・ローズはベラマッチャが差し出した手を忌々しい顔で払いのけ、顏を背けて歩き出した。なぜ初対面の自分が嫌われるのかベラマッチャには理解できず、廊下を歩くシャブリン・ローズの後に付いていき、中庭に出てベンチに腰掛けたローズの横から戸惑いながら話しかけようとした矢先、ローズが口を開いた。

「フン! スモウ・レスラーなんか全員この世から消えちまえばいいのに!」

「僕と君が会ったのは初めてのはずだが……そんなに嫌われる理由が分からん」

「あんたが嫌いなわけじゃないさ。アタイが嫌いなのは死んだ父親と同じスモウ・レスラーさ」

 ローズの言葉に、ベラマッチャは驚きを隠せなかった。家庭に問題があって父親と不和だったのか、それとも巡業続きで両親が離婚してしまい父親を恨むようになったのか。家を空けることが多いスモウ・レスラーにはよくある話しだ。

 理由を考えていると、横を向いていたローズがベラマッチャに顔を向けて話しはじめた。

「アタイの父親はマウケーノスっていうスモウ・レスラーだったのさ。飲む、打つ、買うの、どうしようもない男でね。何があったのか知らないけど、アタイが五歳のとき、母親と一緒に風呂屋へ売られちまってね。父親は巡業に出たっきり帰ってこなかったし、毎日休む暇もなく客をとらされた母親も翌年死んじまってさ。アタイはまだ客がとれない子供だったけど、生きていくため客をとらせてもらおうとオヤジ様の摩羅で必死に口技を身に付けたのさ」

 巡業が続くプロのスモウ・レスラーには身を持ち崩す男が多いと聞いていたが、「スモウ・レスラーは紳士たれ」と教わってきたベラマッチャには考えられない話である。酒に溺れたり博打で破滅した男の話は聞くが、女房子供まで風呂屋に売り飛ばした話など聞いたことがない。

「レディ、見たところ君は二十歳くらいのようだが、お父上はまだ土俵に上がっとるのかね?」

「あのロクデナシならアタイが七つのときに死んだよ。野試合の真剣勝負で負けたんだってさ」

 シャブリン・ローズの話を聞き、ベラマッチャはピンときた。チンやオマタが所属していたスモウ団体「U.S.O.」で、死亡したオーナーの後継を巡ってのゴタゴタがあり、団体の経営権を握るためにスモウ・レスラー間でいざこざが発生したのだ。当時人気絶頂だったチャンピオン、ジャイアント・マラが経営権を握り、団体を乗っ取ろうとしたと疑われたスモウ・レスラーが、ジャイアント・マラにセメントマッチを挑んで敗れたらしいとの噂を聞いている。

 ベラマッチャがそのことを喋ろうとしたとき、シャブリン・ローズがベラマッチャの言葉を遮るように話を続けた。

「客をとらせてもらえないアタイは、風呂屋から追い出されて野垂れ死んでもおかしくなかった。だけど、そんなアタイを『アレながおじさん』が救ってくれたんだ。アレながおじさんは毎月、アタイの養育費を風呂屋のオヤジ様に仕送りして、大陸の珍しい品物に手紙を添えて送ってくれた。誰かは知らないけど、アタイはアレながおじさんにひと目会うのが夢なのさ」

 シャブリン・ローズの話を聞き、ベラマッチャは彼女の生い立ちに心の底から同情した。

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