ロックンロール・ライダー:第七話
人事部で書類を訂正して会議室へ戻り、桑原課長促されて席に着く。人事部から、会社の組織がどうなっているのか説明するらしい。
「日本データサービスは、銀行や証券会社のコンピューターシステムを開発するソフトウェア会社です。社内は開発部、営業部、経理部、人事部、総務部の各部署に分かれてます」
開発部はソフトウェアを作る仕事、営業部は仕事を探し、経理部は利益や給与計算、人事部は社員の評価や配置を考え、総務部は会社の事務その他を行うようだ。
「履歴書に書かれた希望や面接で聞いたこと、研修の結果などを参考に配属先を決定していきますが、全員が希望どおりの部署で働けるわけではありません」
配属先の希望もクソもあるか。仕事をしたくて東京に来たわけじゃない。俺はパンクバンドでプレイするチャンスを掴むために都内の会社に就職したんだ。
開発部はプログラムを組むから大変だろうし、経理部で計算なんて知恵熱が出そうで無理、人事部へ配属されて他人のことで悩むなんてゴメンだ。そう考えると、営業部で外回りしながらサボるか、総務部で半分寝ながら働いてるフリをするのがいいか……。
なるべく楽して稼ぎたい俺は、桑原課長の話を聞きながらどの部署がいいか考えるものの、営業はノルマがありそうだし総務は事務仕事が山積みになってしまう危険があり決められない。
バンド活動に重点が置けるよう、なるべく残業や休日出勤がない部署がいい。それに、ライブへ行くのに有給休暇が取りやすいのも重要だ。
途中から話なんかまったく聞かなくなり、どの部門の仕事が楽か考えていると、人事部の話が終わり昼飯の時間になった。
弁当を買ってきて会議室で食ってもいいらしいが、人数が多いとウザいし煙草も吸えない。面接に来たとき、会社を探しながら周辺をウロウロしてて見つけた喫茶店で食おう。
エレベーターで一階へ降り、ビルの外に出た途端、後ろから声をかけられた。
「すいません、外で食べるんですか?」
振り返ると、少々ポッチャリしてる隣の席に座ってた女と、もう一人眼鏡をかけた小柄な女がいる。たしか安田って女と馬場って女だ。
なんだろうと思いながら、二人の女を交互に見た。
当然だが、二人ともオデコの上で髪をクルリと巻いたヘアスタイルに、肩パットが入った黒いスーツ。同じようなファッションだが、隣に座ってた女は着こなしがルーズで、眼鏡の女はリクルートスタイルそのままの真面目そうな感じである。
「あぁ、近くに喫茶店があるんで、そこで食おうと思って」
「よかったぁ。私たちも外で食べようと思ってたんですけど、どこにお店があるのか分からなくって。一緒に行っていいですか?」
「いいっスよ」
スーツのポケットから煙草を取り出して火を点け、吸いながら歩いていると、後ろを歩く女から再び声をかけられる。
「あの……安養寺さん、でしたよね? 日本橋に詳しそうですけど、地元の方なんですか?」
「いや、埼玉から来たんスよ。生まれはすぐ近くの銀座ですけどね」
「そうなんですか。近くに喫茶店があるのを知ってるなんて、地元の方かと思って」
「面接に来たとき、会社を探しながらウロウロしてて見つけたんスよ」
他愛のない話をしながら歩いていると、右側に喫茶店が見えてきた。
入口前には、本日のおすすめランチが書かれた黒板が置いてある。今日のおすすめはナポリタンとサラダ、スープのセット。
煙草を足で揉み消してドアを開けると、すでに店内は付近で働いてるらしきサラリーマンで満席に近い。ジャズが流れる落ち着いた雰囲気の店で、照明も明るすぎず良い感じである。
カウンター内の女性に人数を伝えると、窓際のテーブル席に通された。
分かってはいたが、やはり都内の店は座席が小さい。これでナポリタンとサラダ、スープが三人分も載せられるのか心配になってくる。
一緒に来た二人が俺の向かいに座り、出された水を飲んでメニューを見るものの、三人とも本日のおすすめランチに決定。その場で注文し、雑談をはじめた。
「安田さんと馬場さんでしたっけ。二人とも大学卒業なんスよね?」
「今朝話をして分かったんですけど、私たち同じ大学出身なんです。安養寺さんは高校を卒業して就職したんですよね」
「勉強しなかったし、大学へ行く奴なんていない高校でしたからね」
ポッチャリ女に答えると、今度は眼鏡の女が話しかけてきた。
「部活は運動系だったんですか?」
「部活? 帰宅部っスよ」
「え~っ、背が高いからスポーツしてるのかと思った。私はテニスサークルに入ってたんですけど、テニス、楽しいですよ」
「そうなんだ。私はスキーサークルに入ってたの」
女同士で大学時代の話がはじまり蚊帳の外に置かれた俺は、テーブルの上にあるナプキンをいじりながら、アンデッドの曲、ソーシャル・リーズンをハミングしはじめた。
なにがテニスサークルだ。女子大生のサークル活動なんて、男を漁るペニスサークルの間違いなんじゃねえのか。スキーサークルだって、男がスキサークルに決まってる。
偏見だと思いつつも、話を聞きながら目の前の女たちを脳内で裸にしていき、頭の中であんなことをさせたりこんなことをやってみたりしていると、ランチが運ばれてきた。
「お待たせいたしました」
料理と一緒にきたフォークを手に取り、サラダを食べはじめたところで、ポッチャリ女の安田さんが再び話しかけてきた。
「ちょっと怖そうだったから話しかけるのを躊躇ったけど、安養寺さんって気さくなのね」
「怖そう……」
そんなことを言われたのは初めてだ。ショックを受け、レタスにフォークを突き立てたまま固まっていると、安田さんに相槌を打ちながら眼鏡の馬場さんが喋りはじめる。
「そうそう。入社式が始まる前、会議室に入ってきたのを見て、一人だけ雰囲気が違う人がきたって思ったもん。体から発散するものが違うっていうか。未成年なのに煙草も吸ってるし」
(まるでチンピラみてえな扱いじゃねえか! なんだよ発散するものが違うって。俺は真面目な高校生だったんだぞ!)
どうリアクションしていいのか分からなくなり、下を向いて黙々と食べていると安田さんの声が聞こえてきた。
「目力があるんだよね。綺麗な顔してるから、よけい怖く感じるっていうか」
「分かるぅ。私も朝見たときドキッとしたもん。笑顔にしてソフトスーツでも着ればモテモテになりそうなのにね」
ソフトスーツなんて冗談じゃない。あんな流行りもの、十年後に写真を見たらダサすぎて恥ずかしくなり、破り捨てるに決まってる。
(俺の顔がいいと思うならヤラせろよ馬鹿野郎!)
話しを聞いててバカバカしくなり、お喋りに没入する二人を無視して黙々と食べた。
俺はパンクスだ。群集心理モロ出しで流行り廃りに敏感になるなんて御免だし、モテるとかモテないとか考えるタイプじゃない。やりたいことをやり、言いたいことを言って生きていくって決めてるんだ。
二人が食べ終わるのを待ってから時計を指し示し、会計を済ませてジャズが流れる喫茶店を後にした。
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