夢幻の旅:第十七話
スマホを枕元に置き、目を閉じてもの思いに耽ると、俺の脳裏に良美の顔と蛍の顔が同時に浮かんでは消えていく。良美は帰ってきてくれるのか、そのことでメシも喉を通らず、憔悴する俺の姿を見た蛍はなんて言うのだろうか。
開け放った窓からは小鳥のさえずりと羽ばたく音が聞こえ、どんより曇った空の下を飛び回っている様子がうかがえる。
目を開き、天井の丸いシーリングライトに家族三人で楽しく過ごす日々を映しながら一時間ほど寝転がったままでいると、お義母さんに夫婦喧嘩のことを話して少しホッとしたためなのか、急に食欲が湧いてきた。
(メシを食うか……)
ベッドから起き上がって一階のダイニングへ行き、冷蔵庫に入れてあった夕べのオムライスを電子レンジで温めていると、昨夜の食器棚の怪異が甦ってくる。
なぜ食器棚はガタガタ揺れ、棚から落ちた皿がスマイルマークの形になったのか? 皿が落ちてスマイルマークになったのは、食器棚の振動が皿の破片に伝わり偶然模ったものだとしても、食器棚だけが揺れたのが分からない。いったい、どんな理屈で食器棚が揺れたのか、それにテレビや照明が点いたり消えたり、自分で自分に覚えのないメールを送信しているのはなぜだ?
うつむいたまま考え込む俺の耳に、電子レンジの「チン」という音が入り、ハッと顔を上げてレンジ扉を開き、温まったオムライスを取り出しダイニングテーブルの上に乗せた。
スプーンを持ってきてラップを取り、椅子に座ってオムライスを食べはじめるが、目は薄気味悪く揺れた食器棚を見てしまう。
(良美の奴、あんなに怖がってたのに割れた皿は片付けていったんだな……)
そう思うと、自然とため息が出てくる。ここ最近の体の不調で俺も家事を手伝うのが億劫になってたし、良美を外に連れてってやる回数も減っていた。秋の龍勢祭に連れてってやりたいし、その頃までには良美を蛍に会わせたい。
実に勝手な話しだし良美には迷惑かもしれないが、蛍が俺の子と分かった以上、なんとか良美にも蛍のことを認めてほしいと思っている。
食事が終わり、リビングに移ってテレビを点けるが昼間のワイドショーが面白いわけもなく、何度かチャンネルを切り替えていると、NHKで国会討論を放送していた。
政治に強い興味があるわけでもないが、気分を変えるため、国会議員の質問内容や大臣の答弁を聞いてみる。
国会議員の質問は、震災や台風で罹災した人たちの罹災証明取得の迅速化や避難所の対応についてであり、大臣の答弁も早急に対応するというものだ。
野党の議員からは野次が飛び、政府の対応について非難する質問が出てくるが、「コンクリートから人へ」と言って、ダムを始めとする公共事業を次々と中止し、消費税増税を決めたのは現在の野党が政権政党だったときだろう。
野党のバカバカしい質問が続く国会中継にイライラしてきて、俺はテレビを消した。
奴らは誰のために国会議員になったんだ? 奴らは誰の利益のために活動している? 奴らは誰だ? そんな国会中継を見ている俺は? 世良田光平だろう? 俺の眼はどこを見てる? 俺の頭はどこにある? 俺は誰だ? オレハ、ダレダ……。
突然、自分の存在すらどうでもよくなり、この世から自身を消し去りたくなるような冷たい感覚に襲われてくる。手で肋骨を突き破って心臓を握り潰したくなるような、自己を破壊したい激しい衝動。
なんの変化もない毎日の、平凡な幸せを失ったかもしれない自分に腹が立ったが、頭の片隅に残る冷静さが命じるまま、コンビニに行き夕食と翌日の朝食を買ってくることにした。
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