夢幻の旅:第十三話
俺の腕の中で震える良美に目をやり、次いで食器棚に視線を移すと、揺れる食器棚の中に置いてある皿がガチャガチャ音を立てて上下に振動している。
「ちょっと……なんなのよ、これ……」
「どうなってるんだ……」
愕然とする俺たちの目の前で皿の揺れは大きくなっていき、やがてガチャン、ガチャンと音を立てながら食器棚から落ちていく。しかも、床の上では割れた皿まで動きを止めないのだ。
床に落ちて砕けた皿は揺れるのを止めたかと思うと、今度は破片がくるくる回転したり広がったり集まったりしている。
「ポルターガイスト現象……」
昔読んだ、つのだじろうの心霊マンガを思い出して思わず呟いた。
事実、これはポルターガイスト現象としか思えない。そうじゃなければ、これをどう説明すればいいんだ。食器棚が勝手に動き、跳ねるように振動する皿は床に落ちて粉々になっても動くのを止めないじゃないか。
床の上で動く皿を見つめながら、俺も良美と一緒に震えていることに気づいた。良美の体の震えが俺に伝わっているのかと思ったが、俺は動けないくらい両足をガクガクさせている。
自分の体が震えているのが分かり、頭の片隅が少しだけ冷静になったところで良美を連れて外に出ようとしたとき、皿の破片が動きを変えて模様を作りはじめた。
「ス……スマイルマーク……?」
床の上で砕け散った皿の破片は一見メチャクチャな動き方をしているように見えたものの、きちんと形を作っている。その形は、目が二つとにっこり微笑んだ口の、スマイリーフェイスのような形だ。
その形が整ってくると皿の破片は動くのを止め、食器棚の振動も徐々に収まってきている。
俺は良美を抱きかかえたまま、この機会を逃さずリビングへ移動することにした。
体が震え、脚も自分の意志どおり動かないものの二人してなんとか歩き、リビングの灯りを点け、牛革でできた赤いソファーに良美を座らせてから大きく深呼吸するものの、体の震えが止まらない。
恐怖を打ち消すためテレビのスイッチを入れ、良美の横に座った。
「怖い……」
俺の右横に座って震えている良美がしがみ付いてくる。あんな不思議なものを見た後じゃ当然だろう。
テレビから流れてくる音が遠くから聞こえる雑音みたいで、まるで頭に入ってこない。家の外では風が吹きはじめたようで、木々のざわめきがテレビの音に交じって聞こえてくる。
俺は良美を抱き寄せ、耳元で呟いた。
「最近、変なことが立て続けに起こる……。家の中じゃ電気が点いたり消えたり、自分宛にメールを送信してたり……。それに……」
「それに……?」
――しまった!
蛍のことはこんな状況で言う話じゃない。慎重に言葉を選び、細心の注意を払って言おうと思ってたのに……。
一瞬、誤魔化してしまおうか考えたが女の直感を甘く見てはいけない。ここで話を誤魔化そうと不審な態度や表情を見せれば、後で取り返しがつかない事態に陥る可能性がある。
俺は覚悟を決め、抱きしめていた良美の両肩を手で掴んで引き離し、生唾を飲んで目を見つめながら話しはじめた。
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