Gimme Gimme Shock Treatment 其の3
ヘンタイロスとザーメインの前に出されたのは、先ほどと同じコハダの寿司である。なぜ同じネタの寿司を握ったのか真意を量りかねて食べずにいると、アヘイジの声が聞こえてきた。
「兄さん、そのコハダ、さっきの寿司と違うところがある。それを当ててみてくれ」
そう言うとアヘイジは、右手を寿司に伸ばしたヘンタイロスをジッと見つめた。横を見ると、ザーメインが寿司を口に入れて目を瞑り、真剣な顔で食べている。
ヘンタイロスも寿司をつまみ、全神経を集中して頬張った。
違う! 何かが! 確実にッ!
横では口を動かしながらザーメインが首を捻っているが、ヘンタイロスは寿司の違いを確かに感じた。口の中に広がる旨味を味わいながらシャリとコハダを噛めば噛むほど、先ほどの寿司との違いがはっきりしてくるのだ。
「どうだ兄さん、分かるかい?」
アヘイジの問いかけに、寿司を飲み込んだヘンタイロスが答えた。
「シャリの量が僅かに多いわん。それに合わせてネタが大きくなってるのよん。しかも塩気も多いわん」
「そうなのかね? アヘイジさん」
ザーメインも答えを知りたそうにアヘイジに聞くのを見たアヘイジはニヤリと笑い、右手で顎を擦っている。
一瞬の沈黙の後、アヘイジは口を開いた。
「素人にしちゃあいい舌を持ってるな。王宮の厨房でさえワシの料理の全てを受け継いだ者はいねえ。ザーメインの旦那、老い先短いワシの料理を受け継いでくれる人には、常人を超えた味覚と才能が必要なんでさあ」
「アヘイジさん、それではヘンタイロスは……」
「この兄さんならやれる。ワシが許されて生きているのも、ザーメインの旦那が王様に口添えしてくださったからこそ。引き受けましょう! この兄さんを!」
「やったぁ~ん! ワタシ、今から働いちゃうわん!」
アヘイジの言葉に、ヘンタイロスは踊りあがって喜んだ。見れば、ザーメインもホッとした顔をしている。ヘンタイロスはアヘイジの横に行き、カウンター越しにザーメインに話しかけた。
「ワタシ、おじいちゃんとポロスの街を回って仕事をしてくるわん」
ヘンタイロスの言葉に、ザーメインは長く生やした顎髭を擦りながら頷き、アヘイジに問いかけた。
「アヘイジさん、先ほどの寿司、ワシには違いが分からなかったが、二種類の寿司を握り分けるのに何か理由があるのかね?」
「寿司は元来、ワグカッチで遊ぶ人向けに生まれた料理でさぁ。早く腹ごしらえして風俗店や賭場に行きたい人向けに、屋台で酢飯に魚の切り身を乗せて手早く済ませたのが始まり。早く食って遊びに行きたい人には小さめのあっさりした寿司を、遊び終わって疲れた人には大きめの塩気を増した寿司を出すのが職人の気遣いってもんでさぁ」
そこまで気を遣う職人の仕事に、ヘンタイロスは身が引き締まる思いがした。これから己が料理を教わる親方は、超一流の料理人の頂点に君臨する職人なのだ!
その超一流の職人、アヘイジはヘンタイロスを見て最初の仕事を言いつけた。
「兄さん、いや、今から兄ちゃんだ。ザーメインの旦那の注文を取ってくれ」
「はぁ~いん! 次のネタは何にしますぅん?」
「そうじゃな。イカを握ってもらおうかのぅ。ところでヘンタイロス、なぜ本場の寿司をエロ前と言うか知っておるかの?」
突然のザーメインからの質問に、ヘンタイロスは言葉を詰まらせた。そういえば、アヘイジも屋台を引きながら『本場エロ前の寿司』と声をあげていたのである。
なぜ本場の寿司が『エロ前』と言われるのか分からないヘンタイロスの代わりに、隣で寿司を握るアヘイジが答えた。
「ハッハッハ……寿司が生まれたのはワグカッチの街。そのワグカッチは昔から風俗店が多く、女遊びをする客がイドラ島中から来るエロチックな街だ。そのワグカッチの海で獲れた魚を『エロ前』って言うんだよ。だから、ワグカッチの海で獲れた魚を使った寿司を、本場エロ前寿司って言うのさ」
アヘイジの答えに、自身もワグカッチの風俗店に入り浸っていたヘンタイロスは妙に納得できた。
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