ロックンロール・ライダー:第二十一話
翌日も、そのまた翌日もプログラムと格闘する日々。帰る時間も十九時、二十時、二十一時と遅くなっていく。
だいたい、プログラムを制御するジェーシーエルという汎用機向けの言語がよく分からない。
コンパイルしてエラーを潰す作業を繰り返していると、アパート近くにある蕎麦屋の娘の顔が浮かんでくる。
(あ~あ、最近あの蕎麦屋へ行ってねえなぁ……)
あの娘の笑顔が何度も脳裏を過ぎると、無性に蕎麦が食べたくなってしまう。
そんな思いに耽り手が止まった夜八時過ぎ、仕事に集中しようと休憩室でコーヒーを飲んでいると、ガチャリとドアが開く音が聞こえ誰かが入ってきた。
「よう安養寺、そのモヒカン似合ってるぞ!」
聞き覚えのある声に振り向くと、しばらく顔を合せなかった板野先輩がニヤリと笑って立っている。
「お前も残業か」
「テストで出るエラーの原因が一箇所だけ分からなくて、それで帰れないんですよ」
「納期はいつなんだ?」
「来週の金曜日です」
「まだ十日あるから納期には間に合いそうだな。それに来週の土曜日は野音でノッズのライブがある。お前、一緒に行くか?」
「いいっスね! 行きましょうよ! 新しいアルバム、昔に戻ったみたいで良かったから楽しみですよ!」
「じゃあ納期までに仕事終わらせろよ。お前なら絶対に行くと思ってチケットは二枚買ってある。ところで……」
「ところで?」
先輩は横を向き、言い辛そうな感じで言葉尻を濁した。
「俺が開発してるプログラムのエラーが潰せてない。お前、これからデバッグ手伝え」
「はぁ?」
なに言ってやがるんだ? あんたが俺のプログラム開発を手伝うなら分かるけど、新入社員が先輩のプログラムをデバッグするなんて聞いたことねえぞ? 俺だって自分の仕事が終わってないっていうのに。
唖然としながら板野先輩の顔を見ていると、俺の方を見て大きな声で喋りはじめた。
「よし! これで決定だ! エラーリストとソースを見に来い」
先輩の後に付いて端末が置いてある階へ行くと、テスト中だというプログラムのソースリストとデータを見せられた。
(うわっ! 五千ステップくらいあるじゃねえか……)
こんなの新人に分かる訳がない。俺が組んでるプログラムなんて五百ステップしかないんだ。
途方に暮れながらエラーリストとソースリストを交互に眺めていると、データ・ディヴィジョンにおかしな部分を発見した。
「先輩、ここのエラーって計算できなくて落ちてるんじゃありませんか?」
「どこだ?」
「ここのところで計算してますけど、ピクチャー句が数字じゃないしデータにも数字が入ってませんよ?」
「おぉ! こんな単純なミスだったか! これでエラーがひとつ潰れたぞ!」
(こんなにエラーがあるんじゃ自分の仕事ができなくなる……)
エラーリストを見ただけで発見したミスを指摘し、喜んでる先輩を横目にその場を離れて仕事に戻った。
自分の机に戻ると、駒田主任はブツブツ言いながら、薮田さんは貧乏揺すりをしながら仕事をしている。
俺も椅子に座りエラーリストを見ていると、板野先輩のエラーを見つけたときのことを思い出した。
(ひょっとして、これもピクチャー句がおかしくて落ちてるんじゃねえだろうな……)
データを見ながらエラーが発生した箇所のソースリストを当たり、そこで使っているデータ・ディヴィジョン部分のピクチャー句を確認する。
(あっ……これだ!)
板野先輩のことは言えない。俺もピクチャー句の定義ミスをしていたのだ。
早速プログラムを修正してコンパイルし、テストをやり直す。修正個所のエラーは消えたものの、今度は他のところでエラーが出た。
(クソッ! 今度はなんだ……?)
再び机上デバッグを行いエラーを潰す。
そんな作業を繰り返すこと数日、電車の中で吊革に掴まったままウトウトして女に笑われ、眠い目を擦って疲れた体を無理やり起こしてデバッグした水曜日の午後、やっとプログラムが完成した。
原口係長に完成したプログラムを提出するため、データやソースリストなど指示された必要な書類を揃える。
「完成しました!」
立ち上がって隣に座る駒田主任に書類を見せると、彼女はニコリと微笑んだ。反対側の席で黙々と机上デバッグをしていた馬場さんと安田さんも顔を上げて見ている。
「納期に間に合いましたね。書類は係長の机の上に置いて終了報告をしてきてください」
「分かりました!」
「安養寺君もう終わったの?」
「はや~い! 私なんて、これからテストだよ」
「へへへ、板野先輩のプログラム見て自分のミスに気が付いたんスよ」
四苦八苦しながらプログラムを組んでる二人と喋りながら揃えた書類を原口係長の机の上に置き、終了報告をするため端末室へ向かう。
大勢が黙々と仕事をしている端末室、なるべく足音を立てないよう歩き原口係長の横へ行く。
後ろから声をかけると係長が振り向いた。
「係長、安養寺晃、プログラムが完成したので報告に来ました」
「おぉ、安養寺君、終わるの早かったね。最初にしては難しいプログラムだったから、あと何日かかかると思ってたけど」
「金曜日が納期だったんで頑張ったんスよ」
「偉い! 明日チェックするから書類は机の上に置いといてくれる?」
「もう置いてあります。この後はなにをすればいいですか?」
「そうだなぁ……新し仕事は来週渡す予定だから、それまで他の人を手伝ってもらうかなぁ」
原口係長が下を向き少しの間考えていると、突然後ろから声が聞こえてきた。
「原口さん! 俺の手伝いでいいっぺ!」
振り向けば、目の下に隈ができ疲れ切った顔の板野先輩がいる。誰も喋らずキーボードを叩く音しかしない部屋の中、大きな声で原口係長にアピールしてきたのだ。
「原口さん! 俺も納期近いし、謎のエラー潰せば終わりなんですよ! 安養寺を貸してください!」
身振りを交えながら大声で喋る板野先輩を見て、一瞬嫌な顔をした原口係長は、彼を黙らせるためなのか俺に手伝うよう指示を出した。
「安養寺君、金曜まで板野のデバッグを手伝ってくれ」
「分かりました。駒田主任に伝えてきます」
そう言って端末室を出て駒田主任に報告に行くと、眉間に縦皺を寄せて怒りはじめた。
「もう! 薮田だって納期が近いのに板野の手伝いだなんて!」
そう言われても係長に指示されたんだ。板野先輩の手伝いをせざるを得ない。
安田さんと馬場さんと目を合わせてちょっと困った表情を作り、怒る駒田主任を尻目に端末室へ向かった。
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