ロックンロール・ライダー:第五話
アパートへ来るときに通った道を高砂方面に向かい、駅前にあった大型スーパーを目指す。
昨日は気付かなかったが、高砂駅へ行く途中の踏切手前に蕎麦屋を見つけた。好きな食べ物だし、今日の昼飯は決定だ。
大型スーパーに到着し、カーテン売り場を探して二階へ。いろんな色柄のカーテンを見て回るが、カーテンって意外と値が張る。
ちょっと驚きの価格に躊躇して安いカーテンを探していたら、通路に置いてあるワゴンが目に留まった。
近づいてみると特価品を販売している。しかも、その中にはカーテンも置いてあったのだ。
(ピンクのカーテンかぁ……しかも女の子向けのキャラクターものだ)
いくらなんでも、男がそんなカーテンを使ってたら変態扱いされる。しかし、初月給まで手持ちの金で遣り繰りしないと暮らせない。
ピンクのカーテンを見つめたままワゴンの周りをうろつき、時々立ち止まって他の品と値段を比較してみたが、ここは節約して特価品を買ったほうがいい。人が来るわけじゃないし、給料が出たら新調すればいいだろう。
ワゴンに残るピンクのカーテンを掴んでレジへ向かい、会計を済ませて店内を見回りはじめる。すると三階でレコード店を発見、入ってみた。
当然のことだが普通のレコード店で、売ってるのは有名アーティストの作品ばかり。一回りして出ようとしたところでレジ前でセール品を発見し、店を出る前にのぞいてみた。
(げぇっ! これは……)
昔のアイドルや消えてしまったアーティストの作品に混じり、なんと俺が好きな日本のパンクバンド、「ザ・スターグラフ」のインディーズ・ベストが売ってるじゃないか!
なんで普通のレコード屋にパンクバンド、それもインディーズ盤が売ってるのか疑問だったが、欲しかったんだから考えることもない。素直に買っておこう。
カーテンを小脇に抱えてスターグラフを手に取り、迷わずレジの上に置く。安いカーテンを買ったのに痛い出費だが、他を削って節約すればいい。
買い物に時間がかかってしまい、もう昼飯時だ。途中にあった蕎麦屋でカツ丼でも食べていこう。
笑顔でレコード店を出て大型スーパーを後にし、昼食のためアパートへ行く途中にある蕎麦屋に入った。
店内には老夫婦と、近所で働いてるらしき男が二人カウンター席にいる。
壁に貼ってあるメニューを見ていると、奥から「いらっしゃいませ」と女の声がして、カチャカチャと音が聞こえてくる。たぶんお茶を淹れてるんだろう。
カツ丼もいいけど蕎麦屋のカレーも捨てがたいなどと考えていると、人の気配を感じて振り向いた。
(あっ……)
お茶を運んできたのは若い女、それも肉感的な健康美人って感じの人である。
古そうな建物の蕎麦屋だったから年配の夫婦が営んでると思ったが、若い夫婦が店を経営してるのかもしれない。
流行りのファッションなどではなく普通の服装、背が高く長い黒髪が綺麗なボインの美人だ。
子供の頃、秘かに恋したウルトラセブンのアンヌ隊員のような顔に、すらりと長い手足。見たところ二十代前半だろうか。
モロにストライクゾーン、好みのタイプなのだが、なぜか女性が俺をジッと見ているので、思わず視線をそらしてしまった。
「カツ丼ひとつ」
「かしこまりました」
注文をすると、女性は奥に向かって「カツ丼ひとつ」と声をかけた。おそらくご主人が作るんだろう。
テーブルの上に煙草とジッポーを置いて一服し終わる頃、初老の男性がカウンターまでカツ丼を運んできて女性に手渡した。
「お待ちどうさまでした」
女性はカツ丼と伝票をゆっくりとテーブルの上に置き、再び俺の顔を見つめてから店の奥へと消えていく。料理を作ってる男性と若い女性は夫婦には見えないし、きっと両親が営業してる店を手伝ってるに違いない。
女性の大きな胸が気になり、服の下がどうなってるのか妄想しながら食いはじめたが、隠れた名店なのかカツ丼が凄く美味い。あっという間に食い終わり、一服してから伝票を持ちレジへ向かった。
「ご馳走様でした」
声をかけると、奥から出てきたのは中年女性。たぶん料理を作ってる男性の奥さんなんだろう。カツ丼は美味かったし娘さんは好みのタイプだし、また食べに来よう。
もう一度あの娘を見たかったと思いながら店を出て歩きはじめると、後ろから誰かが走って近づいてくる。
「すいませーん!」
呼ばれて振り向くと、蕎麦屋の若い女性が大きな胸を揺らしながら走ってくるのだ。
なんだろうと思って立ち止まると、女性は俺の前まで来て両手を差し出した。
「忘れ物ですよ」
見れば、髑髏が彫られた愛用のジッポーである。
「あっ、すいません」
女性の手からライターを取ろうとすると、女性が両手で俺の手を握り締めるように渡してくれた。
僅か数秒だったんだろうが、驚いてそのままでいると女性がニコリと微笑み、俺から両手を離して去っていく。
(やっぱり綺麗な人だなぁ……)
たぶん俺の顔は赤くなってる。それに、女性が走ってきたときの揺れる胸が頭の中で繰り返し再生されてしまう。
男を虜にする盛り上がったふたつの肉丘。あんなものは脂肪の塊だと頭の中から消去しようとするものの、どうしても巨乳の映像が頭から離れない。それどころか、歩いている俺も脳内で再生される胸の揺れに合わせ、いつの間にかリズミカルに体を上下させながらアパートへ向かっていた。
途中で小学生の集団に不思議そうな視線を投げつけられながらアパートに到着し、ピンクのカーテンを取り付けてから、下半身の欲望を振り払うために買ってきたスターグラフを再生する。
極上の麻薬のような曲がたくさん詰まったインディーズ時代のベスト盤、聴きはじめるとだんだん音楽に集中していき、脳内の胸の揺れが消えていく。
曲が進むごとに徐々にボリュームが上がっていき、途中から一緒に歌っていた。
「うるせえぞ!」
だが、どこからか男の怒鳴り声が聞こえてきて歌うのを止めた。せっかく気分よく歌ってたのに、壁が薄いアパートじゃロックな東京ライフは送れそうもない。
仕方ないので、音楽を聴き終わってからはギターをアンプに繋げずに数曲弾き、洗濯ものを取り込んで街の探索と夕食の買い出しに行くことにした。
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