ロックンロール・ライダー:第十一話
地下鉄を乗り継ぎ、俺たちは六本木へ。
駅の改札を抜けて地上へ出ると、道路の両側を埋め尽くすように立ち並ぶビルの狭間を、夜の街を彩るネオンや照明に照らされながら、大勢の人たちが歩いている。
日は沈んでるはずなのに、昼間と見紛う明るさの六本木の街を、車の走行音やクラクション、街を行き交う人々が出す騒音を聞きながら、原口係長たちの後に付いて人混みの喧騒の中を進む。
六本木通りを歩き、路地に入って少し行くと八木部長が一軒の店の前に立ち止まり、俺たちを待って店内に入った。
店はちょっとお洒落な居酒屋で、店員に案内されて個室へ行くと二十人くらい座っている。
「部長、お疲れさまです」
「大滝君、全員揃ってるの?」
奥に座っていた中年男が立ち上がり、八木部長に挨拶する。どうやらこの人が今日いなかった課長らしい。
「板野と薮田が少し遅れます」
「薮田も遅れて来るんですか?」
八木部長と大滝課長の会話を聞き、俺の横にいた駒田主任が不思議そうな声を上げた。
「薮田には板野のテストを手伝わせてたから、終わったら一緒に来るように言ってある」
「薮田も工程遅れてるんですよぉ。板野の手伝いは新井君のチームでやってください」
口を尖らせて不満を露わにする駒田主任を、八木部長と大滝課長が「まあまあ」と宥めて着席させ、俺たちにも空いてる席に座るよう言う。
全員が着席すると、立ったままの大滝課長が喋りはじめた。
「え~、これから新人歓迎会を行いたいと思います。いつもは開発部全体でやってますが、今年は二課のメンバーが集まれるのが来週とのことなので、システム一課だけ先にやります。まずは八木部長、開会の挨拶をお願いします」
課長が挨拶をお願いすると同時に店員が部屋に入ってきて、テーブルに美味そうな料理や酒を並べ始める。
それを尻目に、大滝課長の横に座る八木部長が笑顔で立ち上がり、七三分けのバーコード頭を撫でながら話しはじめた。
「今年、開発部システム一課に配属された新人は、研修を担当した駒田君が推薦した人を取りました。他の部署から欲しい人材として名前が挙がった人もいますが、研修の担当者を出したということで開発部に優先して割り当ててもらってます。あまり話が長くなると楽し時間が短くなるので、新入社員は順番に自己紹介してもらって歓迎会をはじめましょう」
部長が俺の反対側の奴を指し、一人づつ立ち上がって自己紹介をはじめる。最初の二人は高学歴、馬場さんと安田さんも先輩社員たちに質問され、大学の話をしていた。
みんな当然のように出身校の話をしているが、俺は高卒だし部活もしておらず、人に話せるようなことは何もない。強いて言えば、文化祭や予餞会で盛り上がって楽しかったことくらいだ。
安田さんの挨拶が終わり、最後に残った俺が立ち上がったとき、個室のドアが開いて二人の男が入ってきた。片方は厚いモヒカンをジェルでオールバックにしており、もう片方は小太りで、両者とも身長百七十センチくらいである。
「お疲れさまでーす」
「おー板野、薮田、終わったか」
「終わりました~。大変でしたよ、あのプログラムは」
「なに言ってんだ! テストが上手くいかねえからって、お前がデータ捏造して終わらそうとしたのが大変だった原因だろうが!」
大滝課長が笑いながら言うとモヒカンは舌をペロッと出し、頭を何度か小刻みに下げながら俺の前の席に腰掛けた。
「じゃあ、自己紹介の続きをお願いします」
そう言いながら課長が俺を見たので、立ち上がって大きな声で喋りはじめた。
「安養寺晃です! 埼玉県立本庄南高校出身、ラモーンズやポイズン・アイデア、ハスカー・ドゥ、ディスチャージ、クランプス、ミスフィッツ、デッドケネディーズとか、日本のバンドだとスターグラフやライターズ、原発オナニーズ、カスタンクなんかが好きです! アイドルはジョニー・ラモーンで、今は持ってるギターのヘッドを、ギブソンのロゴに直してくれる店を探すのが目標です!」
喋り終わると笑い声と共に大きな拍手が起こり、席に座るとモヒカンが目を丸くして俺を見ているではないか。
「おまえパンクスか?」
「そうっスよ」
「俺もスターグラフが好きなんだ。ライブにも行ってんだっぺ?」
「スターグラフとラモーンズは行ったことありますよ。新宿ロストとクラブチック川崎」
やっぱりというか当然というか、目の前にいる板野という男は俺と同じパンクスである。もっとも、モヒカンという時点で察しはついていたが。
モヒカンが喋りかけたとき、横から声が聞こえてきた。
「それでは全員揃ったので、歓迎会を始めましょう。乾杯の音頭は大滝君にお願いします」
八木部長に指名され、大滝課長がジョッキを手に立ち上がった。他の人たちもビールを持つが、俺のところだけコーラが入ったグラスである。
少々ムッとし、部長に向かって声を上げた。
「すいません、俺のビールがきてないんですけど」
「安養寺君は未成年だから飲酒はダメだ」
「ビールなんて酒のうちに入りませんよう。毎晩飲んでるし、一杯くらいなら……」
小さな笑いが巻き起こり皆が部長を見るものの、八木部長は頭を横に振る。
「ダメダメ、未成年なんだから」
俺たちの歓迎会なのに酒が飲めないなんてガッカリだが、出来上がってくれば勝手に注文して飲んでも分からないだろう。その時が来るまで、酒は一時お預けだ。
仕方なくコーラが入ったグラスを手にすると、大滝課長の声が響いた。
「では皆さん、来週から新入社員をこき使ってください! 乾杯!」
「乾杯!」
あちこちからジョッキをぶつける音が聞こえ、俺も周りの人たちが手にする酒にグラスを当てていく。歓迎会が始まるのを静かに待っていた人たちが急に喋り出し、いきなり室内は喧騒に包まれた。
コーラを一杯飲むと、目の前のモヒカンが再び喋りはじめる。
「来月スターグラフのニューアルバムが出るけど、買うんだっぺ?」
「焦げついた疾走者ってタイトルでしたっけ。もちろん買いますよ。前作のソリッド・ファストまで全部持ってるし、ギターのローが脱退して新しいメンバーも気になるし」
「よし! 発売したら一緒に買いに行くっぺえ!」
男は口にした焼き鳥を乱暴に食いちぎり、皿の上に串を投げ捨てながら声を荒げる。
その野蛮人のような行動を見て、俺は板野に興味を持った。
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