ロックンロール・ライダー:第九話
イフ文にパフォーム文、ピクチャー句、いろんな命令文や定義文が解説され、ノートに書きながら少しづつコボル言語を覚えていく。
駒田主任の説明は分かりやすく、開発部は嫌だと思っていた俺も次第にプログラミングに興味が湧いてくる。
毎日のコボル研修も終盤、駒田主任が書いたフローチャートとコーディング仕様書を見ながら、自分でプログラムを組んでテストを行う日がきた。
フローチャートを見れば、データを読み込んで計算し、新しいファイルに書き出すだけ。コーディング仕様書はというと、ほぼワンステップごとに処理が記述されているので、コボルの命令として記述するだけだ。
楽勝だと思って脳内で仕様書をコボルに変換し、コーディングを始める。集中しているためか周囲が気にならなくなり、自動筆記のような状態でプログラムが書かれていく。
満員電車に揺られて出社し、ヘトヘトになるまで研修を行ってアパートへ帰ると寝るだけの毎日。
そんな日々の中、いつの間にかプログラム言語を習得するのが楽しみになっていた。
コーディングしたプログラムを持って駒田主任のところへ行き、内容をチェックしてもらう。
「動くと思うので、端末での作業に入ってください」
ニコリとして答える駒田主任に礼を言い、ひとつ上のフロアにある開発部のユニックス機でプログラムを打ち込む。
入力後コンパイルしてみると、何個かエラーがある。
出力したコンパイルリストを見てエラーを潰し、修正したプログラムを再びコンパイル。今度はエラーもなく終了し、リストを携えて駒田主任まで報告しに行った。
「コンパイル完了しました!」
「一番にできましたね。今度はデータを作ってテストしましょう」
そう、ガキの頃から落ちこぼれだった高卒の俺が、大卒ばかりの新人を差し置き一番でコンパイルを終えたのだ。仲良くなった安田さんや馬場さんをはじめ、他の新入社員たちはまだコーディング中でプログラムの打ち込みにも入ってない。
大人の女の匂いがする駒田主任に気づかれないよう、深く息を吸い込んで体内に女性フェロモンを取り込み、性欲が刺激されるのを悟られないように席に戻る。
すると、馬場さんと前に座る安田さんが小声で話しかけてきた。
「安養寺君、もうできたの?」
「できました。これからテストに入ります」
「すご~い!」
「ねえねえ、ここはどうすればいいの?」
二人に教えようとして前を見ると、厳しい視線の駒田主任と目が合う。
「主任が見てますよ」
小声で言うと、安田さんと馬場さんが慌ててコーディング作業に戻ったので、俺はデータを作りはじめた。
計算用の数字のデータと帳票出力用の文字データ、判定が機能してるか確認するためのデータにエラーにするためのデータ。
レコード長に合わせて各種データを作成し、数パターン作ってから再びユニックス機がある部屋へ行きデータを入力する。
ドキドキしながら動かしてみると、すぐにプログラムが止まった。
(あれ……?)
画面に表示される英文のエラーコード。どういう意味か分からないが、なんとなく計算したときにプログラムが落ちてるような感じだ。
エラーリストを出力し、会議室に戻ってデバッグするが原因が分からない。
頭を抱えて悩んでいると、他の新入社員にアドバイスしていた駒田主任が近づいてきた。
「テストは上手くいきましたか?」
「それが、予想してなかったところでエラーになっちゃって……」
エラーリストを見せると、主任は俺の右腕に体を密着させて確認しはじめる。
柔らかい女体の感触に刺激され、体の一部が急激に変化していき抑制できない。
(ヤバい……)
横目で馬場さんを見ると、眼鏡の奥からイヤらしいものでも見るかのような蔑んだ視線を俺に投げつけている。
体の変化に気づかれたと思い、少し右を向いて左腕を太股の上に置き、下腹部を隠しながら駒田主任を見た。
「ここで落ちてるのね。ピクチャー句が文字列で定義されてるでしょ。データに数字以外の文字が入ったときにエラーになったんです」
「あっ、そうかぁ。ここは数字しか入らないところだから定義ミスだ。それにデータも作り直さないと」
単純な間違いを指摘し、駒田主任は俺の後ろを回って隣の馬場さんの横へ行き、進捗を確認しはじめた。
だが、俺は前屈みの体勢になり、左腕を太股に置いたまま動けないでいる。
この暴れん棒が完全体になる前に元に戻さないと、変態のレッテルを貼られてしまう。鼻から大きく息を吸い、誰にも悟られないよう静かに息を吐く。
エラー箇所は修正したものの、この状態でユニックス機が置いてある部屋へ行くことができず、まだプログラムを直してるフリをしていると、再び駒田主任が近づいてきた。
「修正したらコンパイルして再テストしてください」
またもや体を密着させてソースリストを覗き込む主任。
やっと血の気が引いてきたと思ったところで再度血液が逆流していく感覚に、困りながら駒田主任の顔を見た。
「フフッ……」
目が合うと、彼女はチラリと俺の体に視線を移し、楽しそうな笑みを浮かべて離れていく。
(クソッ、知ってて楽しんでやがる……)
主任の態度でからかわれていることが分かり、だんだん怒りが湧いてくる。
だが、おかげで困ったちゃんが急速に大人しくなり、俺は修正したソースリストを手にテストをやり直しに行けたのだが。
コンパイルが終了し、今度はテストも問題ない。わざとエラーを起こすデータも想定通りの結果だ。
出力した結果を持って階段を駆け降り、会議室へ。
「テスト終了しました!」
駒田主任にリストを見せると、微笑みながら意外なことを言われた。
「正常に動きましたね。今週で新人研修が終わりますが、残りの二日間は他の人のプログラムを見てアドバイスしてください」
俺に他の新入社員のプログラムをチェックしろと言う。
少々面食らったが、とりあえず馬場さんと安田さんに分からないところを教え、悪戯気分で前野の進捗を見に行った。
「前野さん、どうですか?」
コーディング状況を見ると、前野はデータの定義で四苦八苦しているようだ。
仕様書に書いてあるレコードを見ればデータ定義なんて分かりそうなものだが、どうもトンチンカンな定義をしている。
「データ・ディヴィジョンのところは……」
「君に教わることなんてないよ」
喋ってる途中で遮られ、カチンときたので嫌味ったらしく言ってやった。
「有名大学を出て高卒に教わるんじゃ、学歴に傷が付きますもんね。大学の難しい勉強に比べたら俺にでもできる簡単なことなんで、せいぜい早く終わらせてプライドを満足させてください」
奴を見ると、顔を真っ赤にしてムカついた表情をしている。周りからはクスクスと笑う声が聞こえ、さらに表情を強張らせた。
その後は奴を無視し、暇潰しに他の新入社員の進捗を確認しながら全員のプログラムが出来上がるのを待ち、とうとう新入社員研修が終了。前野は最後まで駒田主任に助けられながらプログラミングをしていた。
最終日の午後、人事部の桑原課長がやってきて、全員の配属先が発表された。
「安養寺晃さん、開発部システム一課」
俺はシステム一課に配属、馬場さんと安田さんも一緒だ。前野は総務部に決まったので、これから奴にイライラせずにすむと思うとホッとする。
各自配属先の部署へ行くように伝えられ、同じ部署に配属された人たちとシステム一課に向かおうとしたとき、前野が目に入った。
「前野さん、総務部ですか」
無表情で言うと、前野は薄ら笑いを浮かべながら口を開いた。
「君の顔を見なくなるから嬉しいよ」
「そうですか。でも、総務部の人たちは嫌がってましたよ」
奴の言葉にムカつき、からかうように言い返したが本当のことだ。総務部の女子社員たちが、新入社員で配属してほしくないのは誰か話していて、前野の名前が何度も出たのを聞いていたからである。
前野は怒りの表情を浮かべて睨んできたが無視し、手で口を塞いで噴き出すのを堪える、同じ部署に配属された人たちと共にシステム一課へ向かった。
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