夢幻の旅:第九話
あの水晶のチョーカーは今でも身に付けている。良美の手前、名前を彫ったタグは取ってしまったが、俺が気に入って作ったんだし毎朝身に付けることが習慣化してしまっていた。
右手で涙を拭いながら立ち上がり、夕闇の中を駐車場まで歩き、車に乗り込んでエンジンをかけるも涙が止まらず、なかなか出発できない。
下を向いて涙を流し、しばらくしてから発車したが、どこをどう走ったのか、気が付けば家に着いていた。
「ただいま」
車を降りて玄関を開けると、いつものように良美が笑顔で出迎えてくれる。
「お帰りなさい。あら、どうしたの? 目が真っ赤だけど……」
良美に指摘された俺は、咄嗟に嘘をついた。
「あぁ、駐車場掃除をしてたら目にゴミが入って、手で擦っちゃったんだ」
「だめよ、手で擦っちゃ。目薬出しとくから、着替えたらさして」
良美に弁当箱を渡して部屋へ行き、身に付けている水晶のチョーカーを右手で握り締めてから外し、着替えてリビングに戻るとテーブルに目薬が置いてある。手に持っているスマホをテーブルに置き、キャップを開けて一滴さすと、泣き腫らして充血した眼に染みて思わず顔をしかめた。
昔から俺は染みる目薬じゃないと駄目なタイプだ。逆に良美は染みない目薬じゃないと駄目なタイプで、我が家では各個人で複数の目薬を使い分けていた。
瞼を閉じていると、目薬の染み渡る感覚を感じる。リビングで休まず、このまま晩飯前に風呂に入ってしまおう。
風呂場へ行き、体を洗って湯船でひと息つくと、蛍のことを思い出して再び涙が溢れてくる。あの娘が自分の子だったとは知らず、恋をしてるかのような気分で会ってたことがどうしても許せなく、大声で叫びたくなってしまう。自分で自分を怒鳴り、動けなくなるまで殴りつけてやりたい。
風呂から上がる前に涙を隠そうと湯に潜り、風呂を出て洗面所の鏡で顔を確認してからリビングへ行くと、もう料理が並べてある。
冷蔵庫からビールを取ろうとキッチンへ行くと、洗い物をしている良美が話しかけてきた。
「あなた、中村電機に電話してくれた?」
(いけねえ……中村電機に連絡するの忘れてた)
昨夜の出来事で中村電機に電話しようと思ってたものの、蛍に気を奪われ忘れていた。
「今日はゴタゴタしてて時間が取れなかったから、明日電話するよ」
冷蔵庫を開けてビールを取りながら言い訳した。本当は蛍のことばかり考えていて、電気点検の依頼をするのを忘れていたというのに。
「ぜったい明日電話してよね。今日の夕方も照明が点いたり消えたりして酷かったんだから」
「夕方? 何時くらい?」
「五時過ぎくらいかしら。それも家中の照明よ。ちょっと怖くなっちゃった」
今の時間は七時過ぎ。まだ電機屋も店を開けてるかもしれない。
テーブルの上のスマホを取り中村電機に電話してみると、店主が電話に出た。
「夜分おそれいります。世良田ですが、家の電器の調子がおかしいので点検していただきたいんです」
中村さんに状況を伝えると、明日の午後に様子を見に来てくれるという。電話を切ってスマホを置き、そのことを良美に伝えてテレビのリモコンに手を伸ばすと、突然テレビが点いた!
体をビクンとさせて驚いていると、今度はテーブルに置いたスマホの着信音が鳴ったのだ。慌ててスマホを見るとメールが着信しており、昨夜と同様タイトルがないメールで、送信者は俺自身になっていた。
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