夢幻の旅:第十九話
公園を出て丘を降っていくと、下に灯りが見えてくる。
丘の前を通る四車線の道路に立ち並ぶ多数の外灯が、夕暮れが終わろうとしている世界を明るく照らし、道路を幻想的なまでに浮かび上がらせていた。
道路に出ても、家を出たときと同様に、ジョニーは相変わらず俺の横に付いて歩いている。外灯の灯りで金色の眼を光らせるジョニーを見ていると、いつも以上に愛おしさを感じてしまう。
時たま横を歩くジョニーの頭を撫でてやりながらコンビニに向かい、駐車場の隅にあるポールにリードを括り付けて店の中に入った。
やる気のなさそうなアルバイトが突っ立っているレジカウンターの前を通り、入り口の正面奥にある弁当の売り場へ行って生姜焼き弁当を選んでから、ついでに冷蔵ケースから缶ビールを手に取ってレジに向かう。
「三十七番ひとつ」
「こちらでよろしいですか?」
「あぁ、それでいい」
レジの兄ちゃんに煙草を頼んで会計を済ませ、店外のジョニーの元へ行ってポールからリードを外し、家に向かって歩きはじめた。
すっかり闇に支配された道路で、遠くの車が小さな光を放ちながら徐々に光と音を大きくさせて近づいてきたかと思うと、俺とジョニーの横を通り過ぎて徐々に光と音を小さくさせていく。
通り過ぎる何台もの車を眺めながら歩いていき、ジョニーからリードを外して犬小屋のチェーンに繋ぎ変え、ドッグフードと水を与えて家の中に入った。
時間は夜七時、このまま風呂に入って弁当を食ってしまおう。
風呂場へ行き、湯舟が空なのを確認して栓をし、テレビを見ながらお湯が溜まるのを待つことにした。
テレビを点けてもバラエティー番組ばかりで見る気が起こらない。チャンネルを切り替えながら見たい番組を探すものの見つからず、結局テレビを消してスマホでニュースを見ながら時間を潰すが、どんなニュースも見るのを途中で止めてしまう。きっと、今の俺の頭の中は良美で埋め尽くされているからだろう。
結局、スマホをいじりながら時間を潰してるうち湯張り終了のアラームが鳴ったので、風呂に入ってしまうことにした。
体を洗い流して湯船に浸かっても、心の中の焦燥感とモヤモヤした気分は晴れない。風呂から出て鏡に映った自分の姿を見たとき、横に置いてある空のゴミ箱を何故か頭に被り、鏡に向かって左脚を上げ両手を広げ、全裸で奇妙なポーズをキメてみる。
鏡の中の自分の姿が情けなく、我ながらニヒルと感じる笑みを浮かべて頭からゴミ箱を取り、服を着てダイニングへ行き温めたコンビニ弁当を食べはじめた。
ビールで腹の中に流し込みながら食べている間も、良美から連絡がくることを期待する自分がいる。
だが、食べ終わるまで連絡は来ず、弁当の容器と空き缶を捨て、焼酎を取り出し水割りを一杯飲んだ。待っても良美からの連絡は来そうもない。このまま寝室へ行き寝てしまおうと考え、重い足取りで二階の寝室へ向かった。
ベッドに横になっても寝付けず、ほとんど寝ないまま朝を迎え、朝食も食べずに出勤するものの、なにも手に付かない状態のまま惰性で仕事をこなす。
そんな状態で過ごしはじめてから一週間ほどしたある日、児童書を品出ししているパートから声をかけられた。
「店長、これ商品じゃないですよね?」
パートから黒い本を渡され、見ればカバーは無く、表紙にも背表紙にもタイトルはおろか出版社も著者名も書いてない、ハードカバーの文芸書サイズの本だった。
(なんだ? これ……)
不思議に思い本を開くと、鉛筆書きで内容が記されている。
『三月二十日 おじいちゃんにおしえてもらって、はじめてお父さんにあいにいきました。お父さんは本をならべていました』
ほとんど平仮名で書かれた、明らかに子供の字と分かる日記のような内容。おそらく、お子さんが忘れたんだろうと思い、パートに指示を出した。
「お客様の忘れものだろう。事務所の忘れ物保管箱に入れといてくれ」
「わかりました」
忘れ物として処理するよう言ったものの、なぜか黒い日記が気になる。
俺は気分を変えるため、仕事を中断して煙草を吸いに外に出た。
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