夢幻の旅:第十二話
まるでシャワーのように道路に降り注ぐ光。
その光のシャワーを浴びながら良美に蛍のことをどう話そうか思い巡らせていると、すんなりと良美が受け入れてくれるのではないかという都合の良い考えが、まるで黒い下水のように胸の中を流れていく。
心に狼の毛皮を被せ、用心しながら良美に話さなければ最悪の事態に陥るはずだ。
自宅に到着し、車を降りて玄関のドアを開ける前に深呼吸して心を整える。
――蛍のためだ。子供がいたことを、良美にきちんと話そう。言わなければ良美に対しても蛍に対してもフェアじゃない。
「ただいま」
ハードコアビートのように高鳴る心臓の上に右手を軽く置き、玄関のドアを開けて良美が顔を出すのを待っていると奥から足音が近づき、玄関に良美が顔を出した。
「お帰りなさい。あら、顔が強張ってるけど、なにかあったの?」
良美は俺の緊張を一目で見抜き、不思議そうに声をかけてきたのだ。
「いや、なんでもないよ。あした精密検査することになったから、ちょっと考え事をしてたんだ」
「検査、明日になったんだ。心配しなくても大丈夫、ちょっと血糖値が高いだけで糖尿病じゃないわよ」
「どうかなぁ……親父が糖尿病だったし、俺も糖尿病になったのかもしれないよ」
「なに弱気なこと言ってるのよ。いままで健康に気をつけてたでしょ。先にお風呂に入っちゃって」
良美は俺から弁当箱が入ったバッグを持ち、キッチンの方へと歩いていく。その後ろ姿を見ながら、俺は靴を脱ぎ二階にある自室へ向かった。
部屋に入って着替え、汚れた服を洗濯機横のカゴに投げ置いて風呂に入ったものの、蛍のことを言い出せなかった自分に腹が立ち溜息しか出てこない。
(良美に言うのは、明日精密検査から帰ってきてからにするか……)
湯船でお湯につかりながら明日こそ言おうと決め、体を洗い流して風呂から上がりダイニングへ向った。
「中村電機さん、点検に来てくれた?」
「それが、ブレーカーも故障してないし漏電もしてないって言うのよ。照明やテレビが点いたり消えたりしたのも言ったんだけど、どれも壊れてないって……」
「おかしいな……たしかに電気が点いたり消えたりしたんだけどなぁ……」
ダイニングで良美と話していると、突然「ガチャン」とガラスが割れるような音がして、二人同時にキッチンの方を見た。
「やだ、お皿が落ちたのかしら?」
良美は少々ガサツさところがある。きっと皿の置き方が悪くて落ちたんだろうと思い二人でキッチンへ行ってみるが、食器はどこにも落ちてない。もしや食器棚の中かと扉を開けた瞬間、食器棚がガタガタと揺れはじめた。
「うぉっ!」
「きゃっ!」
家の中を見回すと、揺れているのは食器棚だけである。
あまりの出来事に、俺は良美を抱き寄せて二人一緒に食器棚を見つめることしかできなかった。
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