第一話 Knife Edge 其の3
「ダメよん……。こんなんじゃ全然足りないわん……」
ヘンタイロスの尋常ではない落ち込み具合を見て、ポコリーノは陽気な顔を曇らせた。普段から能天気なヘンタイロスとは思えなかったからだ。
ポコリーノは只ならぬ気配を感じ、全身を粟立たせながらヘンタイロスに尋ねた。
「おいヘンタイロス、シャザーン卿の奴、いったい幾ら借金したんだ?」
ポコリーノの質問にヘンタイロスは俯いてモジモジし、なかなか答えようとはしない。時折ポコリーノをチラリと見るが、すぐに下を向いてしまう。
苛立ったポコリーノはヘンタイロスに強い口調で迫った。
「おい! 黙ってないでなんとか言えよ!」
語気を荒めたポコリーノの言葉に、ヘンタイロスはビクンと身体を震わせて顔を上げ、充血した眼でジッとポコリーノを見つめた。
目に薄っすらと湛えた涙は、やがて堰を切った様に溢れ出し、ヘンタイロスは溢れる涙を拭いもせずにポコリーノの胸に飛び込んだ。
ポコリーノは大声をあげて泣くヘンタイロスを抱き締めるのを躊躇った。どんな状況であれ、オカマを抱き締めるのは男の本能が拒否するものなのである!
涙と鼻水でポコリーノのガクランを濡らしたヘンタイロスは、一頻り泣くと落ち着いてきたのかポコリーノの胸から身体を離し、やっと話し始めた。
「――賭場でシャザーン卿の負けが込んできたものだから、ベラマッチャと二人でもう帰りましょうって言ったのよん。熱くなったシャザーン卿、ワタシたちの言う事を聞かずに最後の大勝負をするって言って、お金もないのに金貨三百枚もの勝負をしたのよん……。ワタシ、お腹が痛くなってきちゃって便所で踏ん張ってたら、大騒ぎする声が聞こえてきて……」
ヘンタイロスの話しにポコリーノは絶句した。金貨三百枚は大金だ。物価の高い王都ドンロンでも家が一軒建つほどの金額である。
ポコリーノは考える事も儘ならないほどのショックを受けたが、すぐにベラマッチャの事を思い出した。
「――それで一緒にいたベラマッチャが借金の形に取られて売られちまったのか。シャザーン卿の野郎は自業自得にしても、ベラマッチャをどうするか……」
ポコリーノは腕を組もうとしたが、ヘンタイロスの涙と鼻水でグショグショになっている事に気づき、両手を腰に当てたままの体勢で考え込んだ。
ディスカッション
コメント一覧
まだ、コメントがありません