ロックンロール・ライダー:第三十一話
メニューに目を落とすと、ハンバーグとソーセージのコンボがあった。今日は間違いなく腹が減る。ライスを大盛りにしてサラダバーとドリンクバーのセットで頼もう。
注文品を決め、他の人たちが決め終わるのを待ちながら周りを見ると、家族連れに若いカップル、主婦の集団に習い事仲間と思われる老人たち。
ファミレスに集い、笑い話をしながら楽しそうに憩いのひと時を過ごす様々な年齢の男女をぼんやり眺めながら、人それぞれの人生ドラマに思いを巡らせる。
「安養寺、なにを頼む?」
新井主任に言われて我に返り、顔を上げた。
「ハンバーグとソーセージのセットにサラダバーとドリンクバーを付けます」
「よし、じゃあ頼もう!」
薮田さんがオーダーチャイムを押し、みんなで話しながら待っているとウェイトレス忙しそうにバタバタと小走りでやってきた。
俺が最初に注文し、板野先輩はハンバーグとチキンのランチセットでライス大盛り、新井主任は和風ハンバーグランチセット、薮田さんはチキンとクリームコロッケのランチセットで、全員がドリンクバーとサラダバー付きをオーダー。
ウェイトレスが立ち去ると、全員無言で立ち上がりサラダバーへ向かった。
皿に野菜を山盛りにしてドレッシングをかけ、ドリンクバーで飲み物を選び、こぼさないように席へ戻りサラダを食べていると新井主任が話を切り出した。
「なあ板野、どんなバンドやるんだ?」
その言葉に、全員が固唾を呑み板野先輩に視線を注ぐ。
皆の視線を一身に浴び、先輩はフォークに刺したレタスを食べながら話しはじめた。
「パンクバンドですよ。スターグラフみたいな」
「パンクバンド? セックスピストルズみたいなバンドか?」
「まあそんな感じっスよ」
「いや、バンドのイメージは、ディスチャージとハスカー・ドゥとモーターヘッドを混ぜたようなハードコアパンクバンドです」
板野先輩の漠然とした説明に不安を感じ、思わず口を挟んでしまう。俺たちはコピーバンドを組むんじゃない。自分たちで曲を作って演るんだ。
見るに堪えない太々しい態度の四人組がシンプルでストレート、粗削りな音に早いビートでちょっとポップでメロディアスなロックンロールを演奏する。誰の指図も受けず、人の真似もしない自分たちの音楽を。
俺が簡単に説明すると、薮田さんが口を開いた。
「安養寺君、ディスチャージとかハスカー・ドゥってなんですか?」
「外国のパンクバンドです。聞けば好きになると思いますよ」
「知らないなぁ……ぜんぜんイメージが湧かない」
文芸 左手を頬に当て天井を見上げる薮田さん。横を見ると新井主任も首を捻っている。パンクロックなんて聞いたことがない人たちなんだから当然と言えば当然だ。
スープを一口飲み、フォークをサラダに突き立てて口に運んでバンドコンセプトを説明しようとしたら、ランチが運ばれてきた。
「お待たせいたしました。ランチセットでございます」
セット名を言いながら頼んだ人の前に置いていくウェイトレス。みんな腹が減っていたのか、黙々と食べはじめる。
最後に俺の前にハンバーグとソーセージのセット置き、テーブルの上にある丸い筒に伝票を入れると彼女は去っていった。
俺もフォークに突き刺したままの野菜を食べ、飲み込んでから話しを続けようとすると板野先輩が声が響いた。
「実は来週の日曜日、この近くのスタジオを予約してある。その時、どんなバンドなのか安養寺に聞かせてもらえばいいっぺ」
板野先輩から発せられた言葉に場がザワついた。なんと先輩はスタジオを予約したらしい。まだバンドのコンセプトも話してないし、どんな音が欲しいのか説明もしてないのにだ。
「そうだな。来週、安養寺に聞かせてもらおう。それに楽器を持ち込んでコピーしてみようじゃないか」
「そうですね、それがいいと思います。板野さん、ドラムセットはスタジオにあるんですよね?」
「心配するな薮田。新井さんと安養寺はギターを持ってきてくれ。俺はベースを持っていく」
チキンとハンバーグを全て細かく切り刻みテンポよく口に運ぶ板野先輩が、なんだか頼もしく見える。新人の俺にデバッグを手伝わせ、エラーだらけのプログラムを書いてヒーヒー言ってた先輩が。
おれもハンバーグをひと口食べ、右手に持ったナイフを胸の前で小刻みに振りながら話した。
「みんなで聞いて演ってみましょうよ。どんなバンドか話すより早いと思いますよ」
そう言うと全員笑顔になり雑談が始まった。
「来週、板野に俺のギターソロを聴かせてやるよ」
「僕も安養寺君に吹奏楽部仕込みのドラムを聴かせます」
各々テクニックを誇りながら歓談し、ドリンクバーで注いだ飲み物を啜り終わってからファミレスを出た。
軽く挨拶して板野先輩と別れ、三人で雑談しながら駅を目指し歩いていく。
話してみると、新井主任の自宅は浅草らしい。俺と薮田さんが都営浅草線沿線だから、一緒に帰るという。
だが、俺は目黒の悲鳴館へ行き、ミーちゃんにバンド結成の話をしようと考え始めたところだ。
このところ夜遅くまで仕事をして疲れが溜まってるし、下半身も重い感じがする。だからといって、セックスで発散したいなどという邪な考えから悲鳴館へ行くのではない。今の俺はロックンロールに燃えているのだ!
高円寺駅で電車に乗り込み、新井主任と薮田さんには知人に会うからと適当なことを言って新宿駅で乗り換え、山手線で目黒へ向かった。
平日の通勤ラッシュと比べ車内は空いている。ドアの横に立ち、ビルばかりの景色をぼんやり眺めながら代々木、原宿、渋谷、恵比寿と過ぎていき目黒に到着。電車を降りて悲鳴館へと足を運んだ。
「ジェイ!」
ライブハウスの手前まで行くと、いかにもビジュアル系といった姿の男たちと女の子の塊がいる。男たちはこの前見かけたゴールデン・パンチのローディーだ。
女の子の一人が手を振り駆け寄ってきた。目敏く俺を見つけたミーちゃんだ。
近づいていくと一緒にいる女たちからの視線を感じる。
「この前話してたパンクスってこの子?」
「綺麗な顔してるじゃない! ビジュアル系バンドに入れば人気出るよ!」
「ミー、もうヤッたんでしょ?」
言いたい放題言う女の子たち。俺が答えられるのは「もうヤッた」ということだけだ。
だが、それを言うこともできず話を聞いていると、得意そうな顔のミーちゃんが俺の前にやってきて左腕に腕を絡ませた。
「あたしたち、これからデートなんだ」
そう言って俺の腕を引っ張り歩きはじめるミーちゃん。
引きずられるように後を付いていくと、背後から男の声が聞こえた。
「ミー、また頼むぜ」
「バンド探してるならイカしたビジュアルバンド紹介するぜ! パンクスゥ!」
「いいなぁ、あたしもイカした彼が欲しい!」
男たちの声と女の子たちの悲鳴が混じった溜息を聞きながら引っ張られて歩いていき、角を曲がったところでミーちゃんに話しかけた。
「デートって、どこへ行くの?」
「決まってるでしょ。ヤろうよ!」
そう言ってニコリと微笑むと、ミーちゃんは俺の腕を引っ張り目の前のラブホテルに入っていった。
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