第七話 荒野のギター 其の2
ベラマッチャは港に着くと、倉庫の前に置かれている荷物の上に腰を下ろした。
海から来る風が心地良い。
波止場に出入りする船をボンヤリ眺めていると、傷ついた心と身体が少しだけ癒される感じがする。
ベラマッチャは時間がゆっくりと過ぎて行く様な感覚に、暫くの間身を任せていた。だが、頭の中に浮かぶのは家族や村人たちの事ばかりで、気が滅入ってしまいそうになる。
ベラマッチャは頭を切り替え、明日には会うであろうシーマ・イザブラーについて考える事にした。
(ポコリーノ君の話ではイドラ島一の大博徒との事だが、一体どんな人物なのだ……)
海を眺めながら、ゲルゲリーとポコリーノの話を思い出してボンヤリ考えていると、右手に人の気配を感じた。
顔を向けると、そこには少し前に見た長身の過激マンが立っていた。
ギターを背負った過激マンは、鋭い眼差しをベラマッチャに向けている。
ベラマッチャが男をボゥッと見ていると話しかけてきた。
「フッフッフ……兄さん、凄え格好だな。アンタも過激マンかい? この街じゃ見掛けない顔だけどよ」
「キミィ、失礼ではないか。紳士たる者、まず名乗りたまえ」
ベラマッチャは、突然現れた男が長閑な時間を壊した事に気分を害し、名乗るよう言った。
「紳士?」
男は呟くと、警戒を解いたのかクスッと笑った。
「こいつは失礼、俺はカルロス・パンチョスだ。覚えといて損は無えぜ」
「むぅ、僕はアンソニー・ベラマッチャだ」
パンチョスはベラマッチャの横に腰を下ろした。
「兄さん、この街にスモウの仕事は無いぜ」
「僕はスモウを取りに来たのではない。旅の途中なのだよ、パンチョス君」
パンチョスは驚いた。スモウのマワシを締めた男が旅をしているとは思ってもいなかったのだ。ベラマッチャの格好はどこから見ても渡世人には見えない。
「旅? アンタ渡世人かい?」
ベラマッチャは何故か、この顎が異常に長い過激マンに親しみを覚え、自分が何故旅に出たのか話した。
「僕の住んでいた村はカダリカと一味の者に皆殺しにされてしまったのだ。パンチョス君、僕はカダリカ一味に復讐するために旅に出たのだ」
「なにぃ~、カダリカ一味に復讐?」
パンチョスは驚いた。ベラマッチャはイドラ島を荒らし回る悪党、カダリカ一味に復讐すると言うのだ。
「ベラマッチャさん、まさかアンタ一人で……」
「そうじゃない。僕には頼れる仲間が三人いる」
「しかし、それにしても四人で……あんた気は確かかい? 連中は百人以上いるんだぜ?」
パンチョスは驚きの表情でベラマッチャを見つめた。たった四人では殺されに行くようなものだ。
「どうやら少々お喋りが過ぎた様だ。村人を皆殺しにされても何も出来なかった、僕のようなボンクラでも、『ボンクラ魂』があるという事だな。僕はそそそろ宿に戻るよ。失敬」
パンチョスはベラマッチャの土性骨に驚嘆し、去って行くベラマッチャの背中を人混みに消えるまで見つめ続けた。
パンチョスは妙にベラマッチャが気に入り、ポツリと呟いた。
「アンソニー・ベラマッチャさん……フッフッフ……何となく、虫の好く男だぜ」
パンチョスは愉快な気分になり、鼻唄を唄いながら店に向かって歩き始めた。
パンチョスが店の近くまで来ると、正面からボンビーノが、人混みを縫うように物凄い勢いで走って来た。
「アニキィ~ッ! 大変だぁっ!」
舎弟の尋常ではない慌てぶりに、パンチョスは怪訝な顔をした。
元々そそっかしい男だが、賞金稼ぎとして『おやっさん』から子分の杯を貰った男は、パンチョスの他にボンビーノしかいなかった。
そんな事から、パンチョスは他の過激団のメンバーよりボンビーノを信頼していた。賞金稼ぎの仕事は、三人だけしか知らない裏稼業なのだ。
リーヨの街から来たボンビーノを、パンチョスは舎弟として可愛がっていた。
「どうした? ボンビーノ」
「兄貴、話は後だ! 早く来てくれ!」
パンチョスはボンビーノに手を引っ張られて店まで走った。
ボンビーノは店の扉を開けて中に入ると、後から入って来たパンチョスに向かって大声で怒鳴った。
「兄貴、コイツ等を見てくれっ! 誰かが過激団に喧嘩を売りやがったんだっ!」
椅子に座っている三人の過激マンを見て、パンチョスは驚いた。三人とも痣だらけで血塗れにされているではないか!
パンチョスは三人の過激マンの前に座り、怒りを隠し努めて冷静に話を始めた。
「誰にやられた?」
「……」
だが三人の過激マンは何も答えず、下を向いたままバツの悪そうな顔をしている。それを見てパンチョスは更に質問をした。
「――てめえ等がそれだけやられたんだ。相手は十人か? 二十人か? どこの連中だ?」
過激マンたちは沈黙していたが、パンチョスの怒気に、感じ重い口を開いた。
「そっ、それがよ……」
「木の人形に……」
「クソッタレ野郎がぁっ!」
木の人形に半殺しにされた事を聞き、一瞬にして怒りを爆発させたパンチョスは立ち上がり、座っていた椅子を掴むと、三人の過激マンを順番に殴りつけた。
パンチョスは掴んでいた椅子を床に置いて座り、暫く考え込んだ後、口を開いた。
「P.P.だな……間違いねえ……」
過激マンたちは、パンチョスの口から出た名前を聞いて仰天した!
「P.P.!?」
「P.P.って、あの『ポロスの撲殺ロボ』……」
「あの野郎……『ポロスの小学十年生』か……」
パンチョスは長い顎を摩りながら過激マンたちに言った。
「勝手に動いて人を殴る……そんな人形、他にいるか?」
「いっ……言われてみれば……」
「でもよぅ、何でポロスの奴がブックジョウに?」
「分からねえ……だが、ソイツは間違いなくP.P.だろう」
パンチョスも過激マンたちも、ポロスのP.P.がブックジョウに居る事が信じられなかった。『P.P.』といえば、イドラ島で知らぬ者はいない有名な喧嘩屋である。
三人の過激マンは、自分たちがとんでもない男に喧嘩を売った事に気付き、次第に恐怖が込み上げてきた。
パンチョスは一人、顎を摩って考え込んでいたが、急に立ち上がり拳を握り締めた。
「こいつは面白れえ。噂に聞く『ポロスの木製番長』、この俺がブチのめしてやるぜ」
パンチョスは今度の仕事の景気づけに『P.P.』をブチのめすため、過激マンたちを引き連れて店を後にした。
まず三人の過激マンが半殺しの目に遭った広場へ向かったが、そこに『P.P.』は居ない。
港を探し、大通りを探し歩いたが、木人は発見できない。五人の過激マンは酒場や宿屋を探し始めるが、木人が宿泊しているという情報は無い。
街外れの宿まで探し、もう『P.P.』はブックジョウから出て行ったのでは? と思い始めた頃、ボンビーノは目の前を、人間とは違う『未確認歩行物体』が横切るのを目撃した!
「あっ! アイツだっ!」
ボンビーノの指差す方向を全員が見ると、確かに木人らしき物体が路地に入って行くではないか!
「見つけたぜぇっ! あの野郎!」
パンチョスは叫ぶと、過激マンたちの先頭に立ち走り始めた。
路地に入ると、確かに木人が目の前を歩いている!
半殺しにされた三人の過激マンはパンチョスを追い抜き、ポコリーノの前に立ちはだかったのだ!
「過激マン参上!」
「ケッケッケ……今日がお前の命日だぜ」
「バラバラにして暖炉で火葬してやるぜ」
突然、先程ブチのめした過激マンに目の前を塞がれたポコリーノは、身の程を知らない過激マンたちに、額に導管を浮き立たせ怒りを露にし始めた。
「何だ? てめえ等また……」
言い終わる前に背中に衝撃を受け、ポコリーノは路上に倒れ転がった。
地面に這い蹲ったまま顔を上げると、そこにはブックジョウに来た時に見た、長身の過激マンが立っていた。
「木人……てめえが『P.P.』……」
長身の過激マンは怒りの形相でポコリーノを睨みつけながら、ジリジリと間合いを詰めて来る。
「過激団のメンバーにフザけた事してくれたな? てめえはポロスの『P.P.』だろ?」
過激マンの言葉にポコリーノはゆっくりと起き上がり、ニヤニヤしながら返答した。
「――だったらどうするよ? 顎の長い兄ちゃんよ?」
ポコリーノの人を馬鹿にしたような言葉に、パンチョスは目を剥き殴り掛かった!
「殺してやるよ! この野郎っ!」
パンチョスは右拳をポコリーノに向け放った!
ポコリーノは凄まじい勢いの拳に度肝を抜かれたが間一髪で躱し、パンチョスと距離を取った。
「殺す……? 誰が誰をよ?」
ポコリーノはニヤニヤしながら聞き返し、ジリジリとパンチョスとの距離を縮め始めたかと思うと、風の様な速さでパンチョスの懐に飛び込み、長い顎に向けて殺人パンチを放った!
「げぇっ!」
ポコリーノの拳の凄まじさにパンチョスは防ぐ事ができず、横に吹っ飛ばされ壁に叩きつけられた。
驚いた事にポコリーノは、パンチョスが吹っ飛ばされるのと同時に動き、壁に叩きつけられたパンチョスを殴り始めた。
「過激団だぁっ!? 過激マンだぁっ!? フザケんじゃねえぞぉっ!」
パンチョスは背後の壁に押し付けられて倒れる事が出来ず、あっと言う間にポコリーノの殺人パンチで滅多打ちにされ、血飛沫をあげ始めた。
「ゴエェッ!」
ポコリーノの殺人パンチの凄まじさに、パンチョスは防御も儘ならない。
パンチョスが殴られっぱなしになっている衝撃の展開に、四人の過激マンは呆然とその場に立ち尽くした。
「パッ……パンチョスが……」
「やっぱこの木人……怖ろしく強えぇっ……」
だがパンチョスは、ポコリーノが最後の一撃を加えようと、一瞬の間を置いた瞬間を逃さなかった!
「P.P.~ッ!」
「!?」
ポコリーノが殺人パンチを繰り出す寸前、パンチョスの拳が唸りをあげてポコリーノの顔面を直撃した!
「のぼせあがって調子……くれてんじゃネェぞぉっ! P.P.~ッ!」
パンチョスは両手でポコリーノの頭を抱え、強烈な膝蹴りをポコリーノの顔面に叩き込んだのだ!
「ガッ!?」
ポコリーノの顔面にパンチョスの膝がメリ込み、今度はポコリーノが声にならない悲鳴をあげて吹っ飛ばされ、路上に叩きつけられた!
「グゥッ……」
だがパンチョスはポコリーノの殺人パンチを受け、動く事が出来ない。
ポコリーノはあまりの衝撃に意識を失い掛け、頭を振りながら起き上がったが、足取りが覚束ずフラフラする。
衝撃で飛んだ学帽を手で掴み、綺麗にモヒカン刈りにされた頭に被り直すと、フラついた足取りで再びパンチョスに向かって行った。
「五月蝿いわねん。何なのよん?」
夕食前に一眠りしようとしていたヘンタイロスは、あまりの騒がしさに窓を開けて外を見ると、路上で男たちが対峙しているのが目に入った。
見覚えのある姿にヘンタイロスは仰天し、室内に居るベラマッチャとシャザーン卿に向かって大声をあげた。
「大変だわん! ポコリーノが過激マンと喧嘩してるみたいよん!」
ヘンタイロスの声にベラマッチャは仰天し、慌てて部屋から飛び出した。
シャザーン卿とヘンタイロスもベラマッチャの後から部屋を飛び出し、階段を駆け降りて来る。
木賃宿から出てポコリーノの傍まで走って行くと、なんと喧嘩の相手は港で出会った過激マン、カルロス・パンチョスではないか!
「君たちぃっ! 喧嘩を止めたまえっ!」
ベラマッチャはポコリーノとパンチョスの間に入り叫んだ。
ポコリーノとパンチョスは突然のベラマッチャの乱入に動きを止め、振り向いた。
「ベラマッチャ……」
「ベラマッチャさん……何でP.P.と……」
ポコリーノとパンチョスは同時に言葉を口にし、ベラマッチャを見つめた。
「ポコリーノ君! 何故パンチョス君と喧嘩を……」
ポコリーノはベラマッチャが喧嘩の相手を知っているらしい事に驚き、ベラマッチャに尋ねた。
「ベラマッチャ、このクソと知り合いか?」
「今日、港で知り合ったのだよ、ポコリーノ君」
今度はパンチョスが驚き、ベラマッチャに尋ねた。
「ベラマッチャさん、仲間って……」
「そう、ポコリーノ君は彼等同様、僕の仲間だ。僕等は死の谷を越えてサンダーランドに行き、ブックジョウまで来た。パンチョス君、今、僕等は騒動を起こして旅を中断させる訳にイカンのだ」
ベラマッチャは、ヘンタイロスとシャザーン卿の二人を指し示し、パンチョスに答えた。
「サンダーランドから来たって……?」
パンチョスはベラマッチャの後ろに目をやった。そこに居るのは盗賊風の中年男と奇妙な風体のケンタウルスである。
(盗賊風の男と三人組……じゃあ、やっぱりベラマッチャさんが!)
パンチョスはベラマッチャと仲間が依頼のあった仕事の的だと確信し、ニヤリと笑いベラマッチャに近づいた。
「なるほどぉ~。アンタだったのかいベラマッチャさん~」
パンチョスはカッパ・マントの下に手を入れ、懐から取り出した物をベラマッチャの足元に叩き付けた!
「むぅっ! 勝負札!」
足元に叩き付けられたのは渡世人や稼業人が、どちらかの死を以って決着とする決闘の合図、勝負札だったのだ!
勝負札を出された以上、逃げたらイドラ島の全ての渡世人や稼業人から、相手にされなくなってしまう。明日には会うであろう博徒の大親分、シーマ・イザブラーにも相手にされなくなるだろう。
そんな事になればカダリカへの復讐も、出来なくなってしまうかもしれないのだ。
突然のパンチョスの行動に、ベラマッチャは困惑した。港で出会い親しくなった男から、いきなり勝負札を叩き付けられるとは思ってもみなかった。
「パンチョス君。僕と君は友人になったのではないのかね? 君が僕等に勝負札を出す理由が判らないのだが?」
「友人? フッフッフ……そんな了見じゃあアンタァ……死ぬよぉ? 賞金稼ぎがアンタ等の命を狙う理由は一つだぜぇ、脱獄犯の皆さん」
四人は驚愕した! パンチョスは自分たちが脱獄犯なのを知っているのだ!
そして四人はパンチョスの稼業が賞金稼ぎである事を知り、これから始まるであろう命の遣り取りに全身の毛を逆立て身構えた。
「勝負札? 俺との喧嘩は終わってねえぜ?」
「フッフッフ……てめえ等まとめて上等だぜ?」
ポコリーノはパンチョスに喧嘩を続けるよう促したが、パンチョスは四人まとめて相手にすると言い放ち、カッパ・マントの下からギターを取ると調律し始めた。
勝負札を叩き付けておいてギターを弄りはじめたパンチョスの行動に、ベラマッチャたちは呆気に取られ、何もせずにパンチョスを見つめた。
調律が終わるとパンチョスはギター構え、ベラマッチャたちに向き直った。
「聴くかい? ロックンロールってヤツを?」
突如、パンチョスはギターを弾き歌い始めた。その演奏は騒々しく、まるで嵐の中に投げ込まれた様な騒音である。
「シャバダバダ~♪」
凄まじい騒音に四人は咄嗟に耳を塞いだ。だが、ギターの音とパンチョスの歌は直接脳内に響いてくる。
騒音から逃げようとしてみたが、あまりの音の凄まじさに耳を塞ぐだけで精一杯で、身体を動かせない。
四人は身体が浮いている様な感覚に襲われ、次第に思考が麻痺し、やがて四人の意識は遠くなっていった。
パンチョスは四人が白目を剥き、半開きの口から涎を垂れ流して、幸せそうな顔で立ち尽くしているのを見ると、演奏を止めてギターを下ろした。
「聴けば聴くほど意識不明……フッフッフ……チャーミング・デスメタル! この秘技の前に敵は無えっ!」
パンチョスは自身の技の冴えを自賛し、止めを刺す前に四人への技の掛り具合を見ようとポコリーノの前に歩み寄った。
「フッフッフ……口ほどにもねえ。これが相当ヤバイ連中だとはな」
パンチョスは涎を垂れ流しているポコリーノの顔を叩くが、ポコリーノからは何の反応もない。次にパンチョスが、ポコリーノの横にいるベラマッチャの顔を叩こうとした時だった。
「うぅっ……」
パンチョスはベラマッチャから呻き声が漏れるのを耳にした。
パンチョスは自分の鼻程の身長のベラマッチャを無言で見下ろし、横っ面を往復ビンタした。
するとベラマッチャの顔に生気が戻った。
「うぅっ……パンチョス君……」
ベラマッチャは朦朧としながらも、自分の前に立っている男が誰か判ると、パンチョスの名前を口にした。
無言でベラマッチャを見つめていたパンチョスは、ニヤリと笑い両手を広げながらベラマッチャに話しかけた。
「フッフッフ……偶にいるんだよ。アンタみたいに術の掛かりが悪い奴がよ。しかしそのザマじゃあ終わりだぜぇベラマッチャさん。いま俺の拳で止め刺してやる」
そう言うとパンチョスは右拳にキスし、ベラマッチャの顔めがけて殴りかかった!
ベラマッチャは咄嗟に躱そうとしたが、意識が朦朧として脚が縺れて倒れそうになった。だが幸運な事に、倒れそうになったベラマッチャの身体の上を拳が通り抜けた。
勢い余って地面に転がり、尻餅をついたパンチョスは驚愕の表情を浮かべた!
(こっ、この野郎! 俺の拳を躱しやがったっ!)
地面に両手を付き呆然とした表情でベラマッチャを見上げると、ベラマッチャはまだフラついている。
「やるじゃない……」
パンチョスはニヤリと笑い、立ち上がると慎重にベラマッチャに近づいた。
「やるじゃない……ええっ? ベラマッチャさんよおっ!」
パンチョスは再びベラマッチャの顔面目掛けて殴りかかった。ベラマッチャは朦朧としてまだ動く事が出来ず、よろめいている。
だが今度も幸運がベラマッチャに訪れた。
パンチョスの拳は、よろけたベラマッチャの顔面を外した。それどころか、よろけて脚が縺れたベラマッチャの左手がパンチョスの喉を捉え、体重を掛けた喉輪落としを決めたのだ!
パンチョスは両手両足を前に突き出し、驚愕の表情を浮かべたまま後頭部から地面に叩きつけられた。
「げぇっ!」
地面に叩きつけられた衝撃でパンチョスは軽い脳震盪を起こした。
地面に大の字になっているパンチョスを見たベラマッチャは、逃げようとしたが脚が縺れて歩く事ができない。
一部始終を見ていた過激マンたちは呆然として立ち尽くしていたが、パンチョスが地面に大の字になったのを見ると戸惑いの表情を浮かべ始めた。
「どっ……どうなってんだ、こりゃあ? ひょっとして、あのチビP.P.クラスの腕かよ?」
「賞金稼ぎ? 冗談じゃねえぜ、ヤバすぎだろ?」
「あんなザマで過激団ヘッドが務まるのかよ?」
過激マンたちが戸惑いながら見ていると、パンチョスが頭を振りながら起き上り、怒りの表情でギターのネックを掴むと力任せに弦を引き千切り、ヘッドを引き抜いた。
「うぅッ……仕込みギター!」
ベラマッチャは、パンチョスの手に握られた長ドスを見て絶句した。ギターのネックに長ドスが仕込まれているとは想像もしていなかったのだ。
ベラマッチャは逃げようとするが、脚が縺れて歩けない。そこへパンチョスが長ドスを握り追いかけて来た。
「あぶねぇ、あぶねぇ。俺が睨んだとおり大した腕だぜ、ベラマッチャさん。だがこれで終わりだ。」
パンチョスが長ドスを振りかざし、ベラマッチャに斬りかかった瞬間だった。
「こ~の阿呆がぁっ!」
「ガハァッ!」
突如、パンチョスの横っ面をシャザーン卿が殴りつけた。パンチョスは地面に転がり、茫然自失の表情でシャザーン卿を見つめた。
「ばっ馬鹿な……俺のチャーミング・デスメタルを喰らって……」
シャザーン卿は鼻で笑いながら、悠然とパンチョスを見つめている。
「チャーミング・デスメタル? 児戯にも等しい幼稚な技よ。あんな技で余を殺れると思ったか」
パンチョスは怒りで我を忘れて勢いよく立ち上がり、長ドスを振りかざしシャザーン卿に斬りかかった。
「うおっ!」
シャザーン卿に斬りかかろうと、立ち上がったパンチョスの脚は縺れ、再び地面に倒れそうになった。
動けないパンチョスに近づいたシャザーン卿は、己の拳にハァ~ッと息を吹きかけると、パンチョスの顔面を滅多打ちにし始めた。
「オデデッ! イデッ! イテッ!」
パンチョスは悲鳴を上げて地面に尻餅をつき、余りの痛さに左手で頬を押さえ、目を剥きながらシャザーン卿を見据えた。
「おーっ痛てぇっ!」
シャザーン卿は、地面に座り込んだパンチョスに無言で近づき、動けないパンチョスの鼻血を指で掬い取り、パンチョスの額に何か書き始めた。
何度か鼻血を掬い取りながら書いた文字、それは『死』の一文字であった。
眼前にいるシャザーン卿の凄まじい腕に、己の死を悟ったパンチョスは最早抵抗もせず、されるがままになっていた。
シャザーン卿は再び拳にハァ~ッと息を吹きかけ、座り込んでいるパンチョスの顔面にパンチを放った。
「げぇっ!」
シャザーン卿の強烈な一撃にパンチョスは路上に大の字になり動かなくなった。
「あぁ~っ」
パンチョスの生死をかけた大勝負を見ていたボンビーノは、無敵の強さと信じていた兄貴分・パンチョスが敗れたのを見て呆然となり、悲鳴にも似た溜息を漏らした。
「うわあぁっ! 過激団は解散だぁ~!」
他の過激マンたちも、壮絶な幕切れを目の当りにし、叫びながら逃げて行った。
シャザーン卿は、ベラマッチャの前に行くと、路上に座り込んでいたベラマッチャの頬を往復ビンタした。
「しっかりせい! 全く手間の掛る下僕じゃのう」
「うぅっ……シャザーン卿、見事な勝利だ。ヘンタイロス君とポコリーノ君を起こさねば……」
シャザーン卿はヘンタイロスの所へ行くと、後ろから羽交い絞めにして活を入れ、意識を取り戻させた。続いてポコリーノにも活を入れた。
「うぅっ……何が起こったのん?」
「パンチョスの野郎は……」
シャザーン卿は無言で大の字のパンチョスを指差した。
「勝負はついた。さあ戻るぞ」
ヘンタイロスとポコリーノは、顔を見合わせるとフラついているベラマッチャを両側から抱え、木賃宿に向かって歩くシャザーン卿の後を追った。
ボンビーノはシャザーン卿たちが木賃宿に入って行くのを見ると、パンチョスの元へ走り寄り、失神しているパンチョスの横に跪いて抱え起こした。
「うぅっ……兄貴ィ~」
ボンビーノはパンチョスを揺さぶり目を覚まさせようとしたが、パンチョスはピクリとも動かない。
更に何度か揺さぶると、パンチョスは意識を取り戻し、ボンビーノの心配を他所に険の取れた涼やかな表情で上空を見つめている。
「兄貴……」
「つ……強えぇ! ありゃまるで……大魔神だぜっ!」
ボンビーノが声を掛けると、パンチョスはシャザーン卿の凄まじい強さに驚嘆の声をあげながら、顔を顰めて上半身を起こした。
顔はパンパンに腫れ上がり、身体中血塗れである。ボンビーノは不安そうな顔をして、無言でパンチョスを見つめた。
「この稼業、いつかこうなるんだ……ボンビーノ、おやっさんに報告して来てくれ。俺も後から行く」
ボンビーノの目に溜まっていた涙が一気に零れ、拭う事もせずに無言で立ち上がり元来た路地を駆けて行った。
パンチョスはボンビーノが走り去るのを見ると、なんとか自力で立ち上がり、長ドスをギターに戻して歩き始めた。
無残に千切られたギターの弦が今の自分の姿に重なり、心が崩壊しそうになる。パンチョスは壁にもたれ掛かり、痛む身体を休めながらジャニータの事を想った。
店に着いたボンビーノは、息を切らせながら厨房を通り抜けた。
そのまま階段を駆け上がろうとした時、二階から女の艶めかしい声が聞こえ、ボンビーノは足を止めた。
(また来てるんだ。あの女……)
ボンビーノは女が誰か知っていた。
人目を忍び、おやっさんの元に通って来る女だった。ボンビーノは気付かれない様に静かに階段を上がると、鍵穴を覗き込んだ。
(姦ッてる姦ッてる……)
ボンビーノはいつものように、ズボンから怒張した一物を出すと、膝立ちになって鍵穴を覗きながら、ゆっくりと扱き始めた。
おやっさんの元に女が通い始めた時から、この秘め事はボンビーノの最大の楽しみになっていたのだ。
若いボンビーノは、鍵穴の向こうの自身が経験した事の無いスペクタクルに興奮し、扱き始めて間もなく果てた。
ブルルッと身体を震わせて一息つくと、床に飛び散った己の発射物を掃除するため、一物を出したまま静かに動き始めた。
ボンビーノがモップを取って来ようと階段を降り掛けた時、階下から物音がして階段下にパンチョスが現われた。
パンチョスは怪訝な顔をしてボンビーノを見ながら、階段を登って来る。
部屋の中からの嬌声は益々大きくなり、ボンビーノは階段で固まったまま動けなくなった。
(女……誰だ?)
パンチョスは階段まで聞こえて来る嬌声と、一物を出したままのボンビーノの姿に、ボンビーノが何をやっていたか気付き苦笑した。
階段を上がり扉の前を見ると、案の定ボンビーノの体液が飛び散り、生臭い匂いを放っている。
「ボンビーノ、おやっさんは忙しいらしい。気付かれる前に早く掃除しちまえ」
パンチョスが苦笑しながら言うと、ボンビーノは顔を真っ赤にして静かに階段を降りて行った。
パンチョスが下で待とうと階段を降り始めた時、嬌声は叫び声に変わり突然静けさが訪れた。そして室内から漏れ聞こえた話し声にパンチョスは心臓が止まる程の衝撃を受け、再び静かに階段を昇り扉の前に立った。
「おい、今日アゴが行っただろう?」
「ええ、来たわ。強く抱きしめられてキスされたものだから、鳥肌が立っちゃったわよ」
「クックック……キスか、純情だな。そんな男を騙しているとは、お前も酷い女だな」
「ウフフ……私を無理矢理犯して自分の物にした人に言われたくないわ」
「犯されているのに腰まで使ってイキまくってたのは誰だ? 男を咥え込まなければ耐えられない淫乱女がよくもまあ、処女だなどと嘘をつけるものよ」
「ねえ。何時までこんな生活を続けるの? 私、早く一緒に暮らしたいわ」
「ワシが一家を構えるまでの辛抱だ。アゴが稼いでくる金で贅沢な暮らしをさせてやってるだろう? 一家を構えればアゴは用済みだ。奴の稼いだ金で個人営業の賞金稼ぎを何人も子分にして、今以上の贅沢をさせてやる」
室内から漏れて来る会話を聞き、パンチョスの頭の中は真っ白になった。女の声は紛れもなくジャニータの声なのだ!
震える身体で恐る恐る鍵穴を覗くと、裸の男女がベットに寝転び、女の片手は男の一物を弄っている。それに答えるように男は女の股間を弄り始めた。
その男女は間違いなくパンチョスの稼業の親、おやっさんとジャニータであった!
「クゥッ……ど畜生がぁ~っ!」
愛する女と稼業の親の裏切りに、パンチョスは気が狂うほど逆上し、扉を蹴破り室内に乱入した。
「パンチョス!」
驚いたおやっさんとジャニータはベッドの上で飛び起きた。
パンチョスは二人の前に歩み寄ると、長ドスを抜いて仁王立ちになった。
「聞かせてもらったぜぇ~、今まで俺を騙してやがったんだな? 俺が稼いだ金まで使い込みやがってぇ~」
そう言うとパンチョスは、呆然としているおやっさんを袈裟斬りに斬りつけた。
「ギャッ!」
おやっさんは短い悲鳴をあげてベッドの上に転がった。血飛沫がパンチョスとジャニータに飛び散り、ベッドはあっという間に血に染まっていく。
怯えるジャニータは血を拭おうともせず、震えながらパンチョスの前で股を開いた。
「パッ……パンチョス、アタイを抱きたいんでしょ? 姦らせてあげるから……」
パンチョスはジャニータの股間に目をやり、ジッと見つめた。そこから、おやっさんの精がドロリと流れ出た。
(黒い……炭の様に……真っ黒だ……)
パンチョスはジャニータの股間を凝視しながら思った。今まで賞金稼ぎの旅の途中で買った商売女の様に使い込まれ、淫水焼けしたジャニータの局部は、まさに金の為に身体を売る淫売女のそれであった。
「結局お前も金欲しさに俺を騙し、おやっさんに身体を売ったんだ」
パンチョスは一言呟くと、突然笑い始めた。
「まさかこんな女を愛していたとはな。俺は本気で処女だと思ってたぜ! 淫売でも身体は売っても心は売らねえ。心まで売った淫売以下のお前には、俺の長ドスで死ぬ資格も無え!」
パンチョスは部屋の隅にあった箒を取ると、震えるジャニータの股間に、箒の柄を一気に突き刺した。
「ぎゃあぁ~っ!」
絶叫と共に股間から大量の血が噴出し、ジャニータは身体を痙攣させ、やがて動かなくなった。
階下でジャニータの絶叫を聞いたボンビーノは、驚いてモップを投げ捨て階段を駆け上がり部屋へ入った。
「うわあぁ~っ!」
ボンビーノは室内の凄惨な光景を見ると、悲鳴をあげてその場にヘタりこんだ。ベッドの上で血塗れのおやっさんと、股間に箒を突っ込まれたジャニータの死体が転がり、その横にパンチョスが立って、ベッドの上を見つめているのである!
ボンビーノは暫くの間その光景を見ていたが、何が起こったか理解すると震えながら口を開いた。
「あわわ……おっ親殺しだ……」
パンチョスは稼業人が絶対に犯してはならない大罪、親殺しを犯してしまったのだ。
この事が知られれば、イドラ島中の稼業人や渡世人が名を上げるためにパンチョスの命を狙ってくるだろう。ボンビーノも親の仇として、パンチョスの首を取らなければならない義務を負ってしまったのだ。
ボンビーノは立ち上がり、震える手でポケットからナイフを取り出して構えた。
「兄貴……なんて事しちまったんだ……」
震える手でナイフを構えたボンビーノだったが、いくら親の仇とはいえ、兄貴分のパンチョスの命を取る踏ん切りがつかない。
パンチョスと過ごした日々が、走馬灯のように湧き出してくる毎にボンビーノの心は萎え、とうとうナイフを捨て、涙を流してその場に座り込んでしまった。
「駄目だ……俺には出来ねえっ」
啜り泣くボンビーノを横目で見ていたパンチョスは、無言でボンビーノの横を通り部屋を出た。
その姿を目で追っていたボンビーノは、パンチョスの背に向かって声を掛けた。
「兄貴……何処へ……?」
パンチョスの足が階段の前で止まり、振り向きもせずに答えた。
「俺は過去の栄光なんか要らねえ。俺は明日の栄光を掴むんだ」
パンチョスとの別れなど想像もしていなかったボンビーノは、咄嗟にパンチョスの脚にしがみ付いた。
「離せ~っ! エロボケェ~ッ!」
パンチョスはボンビーノを殴りつけ、階段を降り始めた。
「兄貴ィ~嫌だよぉ~」
背後から聞こえて来るボンビーノの泣き声を無視し、パンチョスはサンドガサ・ハットを被りギターを背負って店を後にした。
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