第三話 監獄からの伝言 其の1
三人は日が暮れる前に野宿ができる場所を探したが、ポロスの北側は荒れ地ばかりで野宿ができる場所がなかなか見つからない。
日が沈んでからも暫く暗闇の中を歩き続け、やっと野宿できそうな場所を見つけてヘンタイロスの背中の荷物を解き始めると、ポコリーノが目前の街の灯りを見ながら不服そうな表情でベラマッチャに問いかけた。
「ポロスの街のすぐ近くじゃねえか。やっぱり今日は街に泊ったほうが良かったんじゃねえか?」
「ポコリーノ君、そう言わないでくれたまえ。僕は一刻も早くサンダーランドに行きたいのだ。この、男の純情を分かってほしい」
ベラマッチャの言葉に、ポコリーノは両手を広げ肩を竦めた。男の中の男を自負するポコリーノにとって、男の純情と言う言葉は殺し文句同然である。
「まあいい。それより腹がへったぜ。ヘンタイロス、メシはまだか」
ポコリーノは皿を手に取り、少しイラついたような感じで料理中のヘンタイロスをジロリと見た。
ベラマッチャはポコリーノの言葉に軽い衝撃を受けた。まさか木人が腹がへるとは思ってもみなかったのだ。
「ポコリーノ君、失礼だが君でも腹がへるのかね? これほど人間の様だとは……ザーメインはかなりの魔術の使い手なのだな」
「フッ……馬鹿を言っちゃあいけねえよ。俺だって栄養を摂らなきゃ枯れちまうぜ」
ポコリーノの生態についてあれこれ尋ねようと質問をしかけた時、ヘンタイロスの声に会話を遮られた。
「お待たせ~ん、ヘンタイロスの特製シチューが出来たわよ~ん」
ヘンタイロスは鍋を下に置き、テキパキと食事の準備を始めた。
「へへへ、待ってました!」
ポコリーノは持っていた皿を素早くヘンタイロスに差し出した。横目で見ていたベラマッチャも慌てて皿を差し出す。
ヘンタイロスはポコリーノから皿を受け取り、シチューを盛り付けながら料理の自慢をしつつ、ベラマッチャに質問した。
「腕によりをかけて作ったわん。さあ召し上がれん。ねえベラマッチャ、サンダーランドってどんな街なのん?」
「むう、僕も詳しい事は知らないのだが、このイドラ島の北の外れにある小さな漁村だそうだ。そうだな、ここから二~三日くらいだろう。ポコリーノ君、君はサンダーランドについて何か知っているかね?」
「俺も詳しい事は分からない。しかし何故サンダーランドなんて僻地へ行くんだ?」
「そう言えば君には何も話していなかったな……ポコリーノ君、僕はカダリカなる卑劣漢と一味の者に復讐する為に、シャザーン卿の力を借りようと思っているのだ。そしてシャザーン卿は、サンダーランド強制収容所に収容されていると言う」
「なっ、なにいぃっ! シャザーン卿だとっ!」
ポコリーノは大声をあげた。シャザーン卿と言えば風の旅団の頭目であり、このイドラ島を統治するピーターズバーグ王国の王子を拉致した男である。
そのシャザーン卿に、ベラマッチャは力を借りると言う。
「――ってえことはシャザーン卿を収容所から脱獄させるってことか。とんでもねえ事を考えやがるぜ。しかも復讐の為とはな。ポロスの街もカダリカ一味に襲撃されたが、お前の所も襲われたのか?」
「ポコリーノ君、僕の村はカダリカと一味の者に皆殺しにされてしまったのだよ。僕はジャヴァー族の王子として彼等への復讐を果たし、一族を再興せねばならないのだ」
ベラマッチャは込上げてくる怒りと悲しみを押えながら、冷静にポコリーノに説明した。
その時ヘンタイロスは、ベラマッチャの目に光るものを見た。
ウツロの森で一人で暮らしていたヘンタイロスは、悲しみと孤独に耐えるベラマッチャの気持ちが手に取るように良く分かった。
ヘンタイロスはベラマッチャに近づき、無言でベラマッチャの手を取り自分の胸にあてた。
「ベラマッチャ、アンタの心、察するわん。悲しくなったら、いつでもワタシの胸に飛び込んで来てん」
「すまない、ヘンタイロス君」
ベラマッチャはヘンタイロス目を見つめながら、溢れそうな涙を必死に堪えた。
ポコリーノは二人を横目で見ながら、更に話を続けた。
「しかし、サンダーランドへ行くには海に出なきゃならねえ。北へ向かうと死の谷へ出ちまうぜ」
「ポコリーノ君、僕は死の谷を越えて行くつもりだ」
「クッ、クレイジー……」
ベラマッチャの言葉にポコリーノは意識を失いかけた。ベラマッチャとヘンタイロスは、死の谷がどういう場所か分かっているとは思えない。
「おいおい、冗談は顔だけにしてくれや。お前ら死の谷がどんな場所か知っているのか? あそこはゾンビがウジャウジャいる所なんだぜ!」
「ゾンビですってんっ!」
ヘンタイロスは驚きの声を上げた。ゾンビなど、小鳥達の噂だけでしか聞いた事がない。想像していなかった事態に、一気に恐怖が込み上げてきた。
「ポコリーノ君、僕もその話は聞いたことがある。しかし、海に出て船を使うと時間がかかってしまう。危険は承知だが、僕は死の谷を越えて行きたいのだ」
ポコリーノは腕組みをしたまま暫く考え込み、導き出した答えは、やはり危険、であった。
「お前、ゾンビがどんなものか分かっているのか? 奴等に傷を付けられたら俺達もゾンビになっちまうんだぜ?」
「ポコリーノ君、心配は無用だ。僕等三人が力を合わせれば、きっとゾンビに打ち勝てるだろう」
「ベラマッチャは楽天的すぎるわん。でも……」
ヘンタイロスはポコリーノの方を向き言葉を続けた。
「ポコリーノは生身じゃないわん。きっと死の谷を通る為に、ザーメインはポコリーノを連れて行けと言ったんだわん」
ヘンタイロスは期待と不安が入り交じった目でポコリーノを見つめた。
だがポコリーノはヘンタイロスの言葉に怒りを感じ、怒気を含んだ声でヘンタイロスに言い返した。
「けっ、なんでえっ! ふざけた事を言うじゃねえか。確かに俺はお前らのように生身の体じゃねえ、生木の体よっ! しかし俺だって、ゾンビに殺られたら朽木になっちまうかもしれねえんだぜっ!」
ポコリーノは怒りで体を震わせながら、ヘンタイロスを怒鳴りつけた。二人の言い争いを見ていたベラマッチャは慌てて口を挿み、仲裁に入った。
「両君、議論は止めたまえ。ヘンタイロス君、ポコリーノ君の言う事にも一理ある。彼もゾンビに殺られたら体が朽ちてしまうかもしれない。だが心配は無用だと言った筈だ。これは余り知られていない事だが……ゾンビにも弱点がある」
「なにいっ! 弱点だとっ!」
「その通りだ。ヘンタイロス君、君には僕の村の呪術師、スヌーカーの話をしたな。彼の話によると、ゾンビは太陽の光に弱いそうだ。つまり、昼間ならゾンビに会わなくてすむ」
「な~んだん。じゃあ昼間ならゾンビは出てこないのねん」
ヘンタイロスはホッと息をついた。昼間のうちに谷を越えればゾンビに襲われる心配は無いのだ。
「まったく人が悪いぜ。そんな秘密を知ってるとはな」
「いや失礼した。兎に角これで君達も安心だろう。さあ、ディナーを楽しもうではないか」
二人はベラマッチャの言葉に安堵し、再び料理を食べはじめた。
「フゥーッ、旨かった。ヘンタイロスの料理の腕はプロ並みだぜ。ところで、ベラマッチャが復讐の旅の途中だってことは分かったが、ヘンタイロスはなんでベラマッチャと一緒に旅をしているんだ?」
「ポコリーノ君、彼は僕の復讐に協力してくれるのだ。僕はウツロの森で瀕死の目に会い、彼に助けられた。それから一緒に旅をしている」
「なんだとっ! じゃあウツロの森を通り抜けて来たのか。まったく無茶をしやがるぜ」
「そうよん。そしてワタシはウツロの森で育ったのよん」
ヘンタイロスは自分の生い立ちを静かに、そしてゆっくりと語り始めた。
「ワタシは人間のパパンとケンタウルスのママンの間に生まれたのん。パパンがウツロの森で迷っていたのを、ママンが助けたのが二人の出会いだったそうよん。二人は愛し合うようになり、ママンはワタシを身篭ったわん。パパンとママンは結婚を約束し、お互いの家族に結婚の許しを得ようとしたらしいわん。でも、両方とも大反対で許して貰えなかったそうよん。パパンは家を飛び出して、ママンと一緒にウツロノ森で暮らし始めたんだけど、ママンの家族はそれを許さなかったのねん。ママンの家族は、狩りから帰る途中のパパンを待ち伏せして殺してしまったのよん。悲嘆に暮れたママンはワタシを連れて、森の一番奥にある洞窟で暮らすようになったのよん」
「僕が助けられたあの洞窟かね?」
ヘンタイロスは無言で頷いた。悲しみにくれるその目は、心なしか涙で濡れているようだった。
「女の子が欲しかったママンは、ワタシを女の子として育てたのよん。ママンはワタシを育てるために無理をして、体を壊してしまったわん。生来病弱だったママンは無理がたたって、ワタシが五歳の時に死んでしまったわん」
ヘンタイロスは下を向き鳴咽した。
ヘンタイロスの話を聞いたベラマッチャは、心の底から同情した。彼は自分と同じく家族を失い、一人ぼっちで生きてきたのだ。悲劇の恋と言えば聞こえは良いが、両親の恋の暗黒面を一身に背負い込み、周りの人々の因習と暴力の犠牲になったのである。
「オォ、アミーゴ……」
ベラマッチャはヘンタイロスに近づき、力強く抱きしめた。ヘンタイロスの目から涙が溢れ出し、ベラマッチャの胸を濡らした。
初めてヘンタイロスを見たときから、ケンタウルスの様な生物だとは思っていたが、彼は『獣姦ロミオとジュリエット』の落し子だったのだ。
「なるほど、人間とケンタウルスのハーフ、そしてオカマ。ハーフ&ハーフという訳か……」
焚火の反対側からポコリーノの呟き声が聞こえて来た。ポコリーノはポコリーノでヘンタイロスの生い立ちについて理解したようであった。
ベラマッチャはヘンタイロスの肩を叩き元の場所に戻った。
「ヘンタイロス、お前の辛い生い立ちには同情するぜ。だがもう一人じゃねえ。俺達がいるぜ」
「そのとおりだ。ヘンタイロス君、僕達は一緒に旅をする仲間、家族も同然だ」
「よおベラマッチャ、景気づけに唄でも唄ってくれよ」
ポコリーノに催促され、ベラマッチャは唄う事にした。ベラマッチャはヘンタイロスとポコリーノのために、そしてこれからの旅のために唄った。
「沖のカモメとぉ~♪ さすらい紳士はょ~♪ どこで死ぬやらぁ~♪ 果てるやらぁ~♪ 僕が死んだらぁ~♪ 三途の川原でぇ~♪ 鬼を集めてスモウとるぅ~♪」
唄声が三人の魂を震わせ、夜空に響き渡る。唄が終わった後も三人はそれぞれの想いを胸に、料理を食べ、笑い話をし、存分に宴を楽しみ床に就いた。
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