夢幻の旅:第二話
帰宅ラッシュの国道から灯りが全くない山道へ入り、細く曲がりくねった峠をひとつ超えると自宅がある地元の街だ。早く気持ちを切り替えなければならないのに、俺は車を走らせながら初めて蛍と出会った日のことを思い出していた。
(なぜ、あの娘は初めて会った日、俺を知ってるかのように話しかけてきたんだろう……)
――不思議な体験だった。
あの娘は若い女性が読む雑誌を抱え、売り場で本を陳列している俺の後ろにいたのだ。声をかけられて振り向いたとき、霧に包まれて立っているように見え、一瞬ドキッとした。
「お会計をお願いします」
レジを見ると、その時間レジに入っている従業員が他のお客様の応対で売り場に出てしまっている。
「失礼いたしました。申し訳ございませんが、レジへお越しくださいませ」
レジまで案内して雑誌の会計をしているとき、その娘がカウンター越しに話しかけてきた内容に驚いた。
「私、蛍っていいます。世良田店長の光平って名前、おじいちゃんが名付けたんですよね」
「えっ……? あぁ……名前は親父が付けたらしいですけどね」
初めて見る客が俺の名前を知ってることで少々混乱し、お釣りを間違えそうになりながらなんとか会計を済ませたものの、胸の鼓動が治まらない。名札には苗字しか書いてないし、なにより常連客だって俺の名前までは知らないはずだ。しかも、その日は死んだ親父の誕生日。動揺しないはずがない。
レジカウンター越しに蛍と名乗った女を見ると、女は歳の頃二十代半ばから後半くらい。身長は一六七センチくらいだろうか。パッチリとした眼でスラリと手脚が長く、美人といってよかった。
蛍と名乗る女を観察してる間にも、彼女は俺のことを喋っている。それも家族しか知らないようなことを……。
普通なら不気味に思うのだろうが、なぜか俺は、蛍と名乗った女が俺のことを喋るのを当然のような感覚で聞いていた。もっとも、それは蛍と二度目に会ったときに直感したことだが。
――あの日のことを思い出しながら峠を降り、街の灯りが見え始めたので俺は蛍のことを思い出すのを止めた。あと十五分も走れば家に着く。犬の散歩をして風呂に入り、晩酌しながら妻との時間を過ごそう。夫婦二人しかいない我が家では、妻の良美と過ごすひと時は大切な時間だ。
考え事をしながら運転していたものの、街中で何度か車線変更をしながら車を走らせ、無事自宅に到着した。
「ただいま~」
犬のジョニーが吠える声を聞きながら車を降り、玄関を開けると妻の良美が顔を出す。
「お帰りなさい。ジョニーの散歩、夕方してきたからお風呂に入っちゃって」
「行ってきてくれたんだ。じゃあ風呂に入るか」
犬の散歩は良美がしたというので弁当箱を渡して部屋へ行き、着替えてバスルームへ向かった。
体を洗い湯舟に入ると、再び蛍のことが思い浮かんでくる。
俺は再び頭を切り替えるため、目を閉じ頭の天辺までお湯の中に浸かった。
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