ロックンロール・ライダー:第二十二話

創作長編小説

 端末室のドアを開けると、板野先輩が両手で頭を抱えたまま動かない姿が見える。

 足音を立てないよう近付き隣の空いた席に腰掛けると、先輩がこちらに顔を向けた。

「安養寺、丁度いいところに来た。このデータ直してくれ」

 いきなり先輩から用紙を渡され、隣の端末で赤く修正されたデータを打ち直していく。

 板野先輩はといえば、机上デバッグしたプログラムのコンパイルを実行するところである。

 俺がデータの修正を終えてソースリストを見ていると、突然、先輩が大声を上げた。

「よっしゃあ! コンパイル終了だ! 安養寺、データはできたか!?」

「できあがってますよ」

「よし! テストするぞ!」

 先輩の横に立ち、コンパイルが終わったプログラムが走るのを見ていると、またエラーで落ちた。

 再び頭を抱える先輩を横目に、椅子に座って詳細設計書を読んでみる。

(うん……?)

 さっき見てたソースリストのプロシージャー・ディヴィジョンとデータ・ディヴィジョンを確認すると、あきらかに違うピクチャー句のデータを使って計算しているではないか!

(こいつ、なにやってんだよ……)

 これじゃあ何度データを修正してもプログラムが落ちるはずだ。

 隣の席で途方に暮れる先輩に声をかけようとしたが、落ち込み方が激しすぎてなにも言い出せない。

 しばらく様子を見ていたが、先輩が顔を上げそうにないので仕方なく声をかけた。

「先輩、ソースリスト見ましたけど、ここ違うんじゃないっスか? 多分ここ修正してデータ作り直せば動くと思うんですけど」

 俺の声に板野先輩が反応し、指し示したソースリストとデータを見比べはじめたのを横目に、俺もコンパイルリストを見ながら他に修正個所がないか探しはじめる。

 終電近くまで二人してプログラムを書き直し、次の日も、そのまた次の日もテストと修正を繰り返して、とうとう板野先輩のプログラムが最後まで動いた。

「やった! 安養寺、明日は野音でノッズ見るぞ!」

「これでライブ行けますね! 二人で暴れましょう!」

 静かな端末室の中で二人してガッツポーズし、拳を上げて飛び跳ねながら大声を上げた。

 周りの人たちから迷惑そうな視線を投げつけられるが、そんなこと知ったことじゃない。この喜びを聞かせてやるだけさ。

 二人してソースリストやデータを印刷し、納品できるように詳細設計書や各種資料を急いで揃える。

 夜十時過ぎ、まだ働く人もいる端末室を出て原口係長の机まで行き納品物を置いた。これで板野先輩の仕事は完了、明日はライブだ!

 退社して板野先輩と喋りながら駅へ向かう途中、待ち合せ場所をどこにするか尋ねてみた。

「先輩、明日はどこで待ち合わせします?」

「ライブは午後六時スタートだ。日比谷公園に噴水があるから、そこに午後四時集合にしよう」

「わかりました! 革ジャン着て行きますよ!」

「俺も革ジャンと革パンで行く。バッチリキメていこうぜ!」

 途中、浜松町へ向かう板野先輩と別れてからも頭の中は明日のライブのことでいっぱいだ。

 この間手に入れたルイスレザーの革ジャンとジョージコックスのラバーソールで行こう。ラモーンズみたいな膝に穴が開いたジーンズで。

 高砂駅で降り、途中のコンビニで弁当とビールを買ってアパートに帰ったが、久々のライブへの期待で興奮する心を落ち着かせるため、先にシャワーを浴びた。

 コンビニで温めてもらった弁当が冷めてしまっているが、そんなことはどうでもいい。明日に向けノッズの曲を聴きながらヘッドバンギングし、口に入れてビールで流し込んでいく。

「美味かったぁっ!」

 容器と空き缶をゴミ箱に捨て、ノッズの曲を全て聞き終えてから布団を敷いて寝ようとするものの、ライブへの期待に胸がふくらんでしまい眠りつけない。

 暗い部屋の中、野音でダイビングしている自分を想像しながらモゾモゾ動いていると、また隣から苦しそうな女のうめき声が聞こえてきた。

(クソッ……カバの野郎、今日もウマヅラハギとヤッてやがる……)

 隣の部屋に住む女と、彼女が連れ込んでる男の顔を見てしまったため、最初のうちはやり過ごすことができたものの、なんだか今日は前より激しい声だしカタカタする振動も大きい。

 週末の夜、男女の猥褻わいせつ息遣いきづかいを聞いていると蕎麦屋の娘が脳裏に浮かび、後ろから突きながら巨乳を揉んだり舐めたりする妄想が始まった。

(ダメだ……誰でもいいから女を抱きたい!)

 俺の分身が、若き暗殺者が持つナイフのように鋭く尖り、欲望を放出するための刺激を求めてうごめいている。

 たまらなくなってトイレに行き、脳内で蕎麦屋の娘を犯しながらパンツを下して刺激を与えた。

(あ~っ! ヤりてぇっ!)

 女の味を覚えたばかりの若輩者には、カバとウマヅラハギの交尾とはいえ刺激が強すぎる。早く欲望を放出したくて、どんどん右手の動きが激しくなっていく。

 そういえば、このところ仕事が忙しくて分身を刺激してなかった。

 ふたつの球体に溜め込まれた幾億もの生命の源が、腹に付くのではないかと思うほど興奮している分身を駆け抜けようとスタートの瞬間を待ち構えているのが分かる。

 目をつむって前屈まえかがみになり、妄想の中の俺が発射しようと分身を彼女の顔に近付けて体のフィニッシュとシンクロさせたとき、想像を絶する事態が発生した。

「うわっ!」

 顔面に、生温かくドロドロしたものが勢いよくかかったのだ。

 体をけ反らせて目を見開き、驚きながら股間を見たが、我が分身はまだ煩悩ぼんのうを発射し続けている。

 自分でも驚くくらい勢いよく、大量に噴き出してくる液体が顔にかかってしまったことに、怒りと情けなさが同時に込み上げてきた。

(クソッ! 自分の顔面に発射かよっ!)

 やっと止まった煩悩の放出、トイレットペーパーを手に取って顔を拭き、床や壁に撒き散らした生命の源を掃除していく。

 始末したものをトイレに流して服を脱ぎ、もう一度シャワーを浴びて顔に付いた我が煩悩を洗い流した。

 バスルームから出ると、隣の部屋の戦いも終わったのか静かになっている。

 ドライヤーで髪を乾かし、あんなものを顔や体にかけられるアダルト女優の仕事の大変さを思いながら、布団に入ってだるくなった体を横たえ、やっと眠りについた。

 翌日、昼近くに目覚め、掃除と洗濯をしてから買い置きしてあったインスタントラーメンで食事を済ませ、ライブヘ行くため身支度を整え始める。

 ジーンズにスタッズベルト、ジョンソンズの日の丸漢字シャツを着てルイスレザーの革ジャンを持ち、ジョージコックスのラバーソールを履いて家を出た。

 歩きながら革ジャンを着て高砂駅まで行き、電車を乗り継いで有楽町に到着。日比谷口を出て日比谷公園に向かって歩いていく。

 今日はよく晴れていて適度な風が吹いており、歩くのが気持ちいい。ライブヘの期待に胸をふくらませながら公園に入ると、後ろから声をかけられた。

「すいません。ちょっといいですか?」

 振り向けば、髭面ひげづらの男と眼鏡の女が立っている。

 二人とも歳は三十歳前後だろうか。男は大きなレンズが付いたカメラを持っており、女はバッグとクリップボードを手にしていた。




創作長編小説

Posted by Inazuma Ramone