ロックンロール・ライダー:第二十話
「安養寺君、その頭はなんだ? 鶏のトサカみたいじゃないか」
声をかけられてハッとし、振り向くと大滝課長が立っている。
カツラで偽装した頭を見抜くような厳しい視線を投げつける課長に、咄嗟に適当な言葉が出た。
「嫌だなぁ、これツーブロックっていう流行のヘアスタイルですよ? あそこの人も向こうに座ってる人もツーブロックにしてるじゃないですか」
指さす男たちを見て、再び俺の頭を見る。だが、大滝課長は首を捻りながら言葉を続けた。
「そう言われれば同じようだが、君のヘアスタイルはツーブロックというより板野の頭と同じに見える。新人歓迎会で彼と話してたけど、影響されたんじゃないだろうね?」
「流行に乗っただけですよ。女の子にモテたいですからね」
「しかし、君の頭は後頭部の横まで刈り上げてるんだが……」
「あの人たち、髪が長いから隠れてるだけですよ。同じツーブロックです」
「そうか、ツーブロックか……」
右手の人差し指で顎を擦りながら、納得できない表情で立ち去る課長。その後ろ姿を横目で見ながら、心の中でニヤリと笑う。
ツーブロックの訳がない。俺の頭は完全にモヒカンだ。それを真ん中から分けて左右に垂らしてるだけ。この頭は、俺も板野先輩のようにパンクスとして生きていくという決意の表れなんだ。
なんとか課長をやり過ごすと、横から駒田主任の囁くような声が聞こえてきた。
「安養寺君、そのヘアスタイル、本当にツーブロックなの? モヒカンをカモフラージュしてるようにしか見えないんだけど」
「仕事中はツーブロックなんです。そういうことにしておいてください」
「やっぱり板野と同じモヒカンなんだ。ロックが好きな人って、奇抜な格好が好きなのね」
「これが普通なんですよ、パンクスにとっては」
「いやいや、普通じゃありませんよ」
向かい側から薮田さんが口を挟んでくる。どうやら駒田主任と同じように、俺のヘアスタイルが奇抜だと思っているようだ。
「なぜか僕は不良に絡まれることが多いんで、安養寺君や板野さんみたいに人を威嚇するようなヘアスタイルは怖くてできませんよ」
「人を威嚇するようなヘアスタイル……」
まるで俺や板野先輩が不良だとでも言いたげな薮田さんの言葉。たしかに世間的なイメージは悪いだろうし、まともな奴が少ないのは認める。だけど、好きなことをやってるだけだし誰にも迷惑をかけてない。
俺が好きなパンクバンドのライブには、普通っぽいファッションの奴も見に来てるし、若いサラリーマンがスーツのままダイビングしてることもあった。
薮田さんにまで「普通じゃない」なんて言われて反論しようと思ったが、目の前の彼を見てると不良に絡まれやすいのが分かる気がする。
新人歓迎会で初めて見たときに思ったんだが、なんとなく、不幸を誘因する気配を漂わせているのだ。
今日は仕事が終わってから二人でメシを食うことになってるし、余計なことは詮索しないようにしよう。
気を取り直して仕事を再開し、気が付くと駒田主任から声をかけられた。
「安養寺君、五時になったわよ。きょうは初日なんだし、無理しないで帰りなさい」
「あっ、もう五時か。じゃあ今日は帰らせていただきます」
目の前にいる薮田さんをチラリと見ると、駒田主任を伺うように帰り支度を始めている。
その薮田さんを見て、駒田主任が目を吊り上げた。
「薮田! 工程遅れてるのに帰る気なの!?」
「いや、今日は家の用事があって……明日からテストに入れるので、今日は帰ります」
駒田主任から眼を逸らし、オドオドしながら喋る薮田さん。この気の弱そうな感じが、不良に絡まれる原因なんだろう。
駒田主任を見ると、不服そうな顔のまま何も言わず再び仕事に戻っている。
「お疲れさまでした~」
俺までとばっちりを受けないうちに機嫌が悪そうな駒田主任に挨拶を済ませ、薮田さんに目配せしてタイムカードを打刻しに行った。
「浜松町から上野へ出ましょう」
職場を後にし、薮田さんと雑談しながら駅へと向かう。
ルイスレザーの革ジャンを買ってしまったため懐具合が心許ないが、調子よく約束してしまった以上仕方ない。
薮田さんの後に付いて浜松町の駅まで行き、タイミングよく到着した京浜東北線に乗って上野へ向かう。
電車の中で雑談してるうちに到着し、駅を出て薄暗くなってきた路地を歩き店を探す。
ふと見ると、左手あるショボい焼き肉屋から腹に響く匂いが漂ってきた。
「薮田さん、この焼き肉屋どうですか?」
「いいですね。この店にしましょう」
薮田さんが店を見ながら頷き、二人で引き戸を開け店内に入った。
「空いてる席へどうぞ」
月曜日のためか店内は空いている。店のおばさんに案内されて入り口近くのテーブル席に座り、横にあるメニューを取った。
「俺はやっぱカルビですかねぇ。薮田さんは何にします?」
「僕はホルモンがいいですね。それにロースとビールも頼みましょう」
「そうしましょう。すいませーん!」
案内してくれた人を呼び、お互いが食べたいものを注文する。
「カルビ二人前、ロース二人前、ホルモン二人前に生中をふたつ」
注文を受けたおばさんはロースターに火を点け、奥に行きすぐにビールを運んできた。
乾杯してひと口飲むと、おばさんが肉を運んできたので、二人してロースターの上に乗せる。
肉が焼ける美味そうな匂いを嗅ぎながらビールを腹に流し込むと、薮田さんが口を開いた。
「安養寺君は截拳道講座で練習したんですか?」
「もちろんしましたよ。あの逆三角形の体と蹴りのスピード、全てを遮り打ち抜く拳を手に入れたかったですからね」
「僕もあの体には憧れましたね。截拳道講座に載ってた図解を見ながら技の練習もしましたけど、僕には身に付きませんでした」
「あれは他の武道をやってる人じゃないと分かりませんって。おっ、焼けてきましたよ。食いましょうよ薮田さん」
二人で焼き肉を食いながらブルース・リー談義。途中で白い飯をもらって飲み食いする時間の楽しいこと。
あっという間に時間は過ぎていき、腹も膨れたところで料金を支払い店を後にした。
帰りの電車の中でもブルース・リーのことを話し続ける薮田さん。
大人しそうな彼が熱弁をふるうのを見ていると微笑ましくなり、押上駅で降りた後ろ姿を目で追いながら走り出す地下鉄の中、ホッコリした心を両手で抱えながら柴又へと帰っていった。
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