ロックンロール・ライダー:第十八話
ボールペンの先で指されるサブシステムのフローチャートは、素人の俺からすると複雑すぎて頭が混乱しそうになる。
それでも必死に説明を聞くが、注意が駒田主任の突き出した胸に向けられてしまい集中できない。
(ブラジャーを外したらどれくらい乳が下がるんだろうなぁ……)
机の上に乗せてるんじゃないかと思われるような巨乳に目が釘付けになり、頭の中で妄想がはじまる。
あの外人女のブラジャーを外したときの下がり具合、ミーちゃんが服を脱いだときの乳……。
女体という神秘のベールの向こう側を垣間見た俺には、もはや駒田主任の巨乳は妄想のネタではなく、己の欲望を爆発させるための現実に変わっていた。
だが、会社の上司と体の関係になってしまったら面倒な事になるに決まってる。それに、大人の女である駒田主任が俺のような小僧を相手にするわけがない。
「安養寺君、分かりましたか?」
名前を呼ばれてハッとし、見つめていた主任の胸から顔に視線を移す。
「なんとなく分かりましたけど、難しすぎて全部は……」
「それで構いませんよ。初めての仕事なのに、すべてを理解しろというのは無理がありますから」
駒田主任はニコリと微笑み、机の上に置いてあった書類の束を差し出した。
「これが詳細設計書です。まずフローチャートを作り、それからレコードに合わせて環境部とデータ部を作っていきましょう。納期は三週間後なので、それまでに完成させてください」
そう言うと、駒田主任は立ち上がって横に来て、腕を俺の体に密着させるようにして詳細設計書をめくり、レコードについて注意点を話しはじめた。
「このプログラムはレコードが可変長です。最初のプログラムにしては難しいかもしれませんが、分からないことがあれば聞いてくださいね」
体で感じる柔らかい感触と間近で嗅ぐ女の匂いに、血液が分身に集中して急速に力が漲り、下半身がソワソワしてくる。
「フフッ……」
テントを張った下半身を隠そうとしてモゾモゾ動いていると、駒田主任は楽しそうに小さく笑い、自分の席に戻っていった。
(クソッ! やっぱり知ってて楽しんでやがる……)
腰を引きながら恨めしい視線を投げつけるものの、駒田主任は知らん顔だ。
自分の仕事に戻る駒田主任から机の上の詳細設計書に目をやり、じっくり読んでからフローチャートを書きはじめる。
プログラムは、データを読み込んで書き出すだけの簡単なバッチプログラム。サブシステムの全体像は難しすぎて掴めないけど、目の前にあるプログラムに集中して仕事をしよう。
フローチャートを書いてみると、新人研修で作ったプログラムと大して変わらない。学校の試験と違って仕事なんだから、三週間の納期を守り仕上げてしまおう。
詳細設計書を見て自分が書いたフローチャートと照らし合わせ、頭の中で描くロジックを動かして正常終了することを確認してからプログラムを書きはじめた。
アイデンティフィケイション・ディヴィジョンにプログラム名を記述し、エンヴァイロメント・ディヴィジョンで詳細設計書に書かれている入出力ファイルを記入する。
ここまでは簡単だ。
次のデータ・ディヴィジョンで、レコードに合わせてピクチャー句を記述しなければならない。
詳細設計書を確認しながら、文字が入る部分と数字が入るところに気をつけて記述していく。
どれくらい時間がたったのか、プログラムを記述することに没入して物音も聞こえなくなり、完全に周囲から隔絶された精神状態になったころ駒田主任の声が聞こえてきた。
「安養寺君、ランチに行こうよ」
腕時計を見ると昼の十二時。
顔を上げると、駒田主任が後ろに立っている。
「もうこんな時間ですか、飯食いに行きましょう」
周りを見れば、みな昼食に出たのか数人しか残ってない。誰もが食べることも忘れ、俺と同じくプログラミングに没頭している。
そんな中に、俺の向かいに座っている薮田さんもいた。
「薮田さん、昼飯に行かないんですか?」
「あぁ、僕も行きます」
薮田さんも一緒に食いに行くことになり、三人で外に出た。二人の話では、ランチタイムに営業している近くの居酒屋の定食が美味いらしい。
ビルを出て通りを歩き目的の居酒屋へ到着すると、すでに順番待ちの人たちが店の外で待っている。
最後尾に並んで待っていると、いつの間にか俺たちの後ろにも人が並んでいた。
十五分ほどでカウンター席に案内されたが、横に座る男が太っていて圧迫感を感じてしまう。まあ、狭い間隔の席だから仕方ないが。
今日の日替わりはアジフライ定食。
三人とも日替わり定食を頼み、運ばれるまでの間に自然と雑談がはじまった。
「薮田さんは入社何年目なんですか?」
駒田主任の向こう側にいる薮田さんに話しかけると、カウンターの上に顔を出して俺の方を覗き込むようにしながら答えてきた。
「僕は三年目で高卒入社だから、今年二十一歳です」
「おっ! 薮田さんも高卒なんスね! 俺もですよ!」
「四大卒の人が多いんで、僕より年下の社員は安養寺君が初めてです」
「そうね、薮田より年下は安養寺君が初めてね」
駒田主任が薮田さんの言葉に同意すると、今度は出身地の話になってきた。
「主任は富山県出身なんですよね。いいなぁ、海の幸が豊富なところで」
「なに言ってるの、良いものはみんな東京に来ちゃうんだから。薮田こそ東京生まれの東京育ちなんだから、美味しいものばかり食べてるんじゃないの?」
「そんなことありませんよ。日本全国、庶民の食べるものなんて大した違いはないです」
「そうっスね。東京と埼玉でも違いなんてありませんからね」
「違うのは食べるものの地域性くらいかしらね」
そんなことを話してるうちに、日替わり定食が運ばれてきた。
「いただきます!」
頭を使う仕事で集中してたためか、腹が減って死にそうだ。
会話を中断してアジフライとキャベツにたっぷりソースをかけ、料理を食べながら横を見ると主任も薮田さんも無言でパクついている。
評判になるだけあってアジフライ定食は美味く、三人の中でいちばん最初に食べ終えてしまう。
水を飲みながら二人が食べ終えるのを待ち、混雑する店に気を使って早々に会計を済ませ、雑談しながら職場に向かって歩いていった。
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