ロックンロール・ライダー:第十四話

創作長編小説

 股間の痛みに耐えながら駅まで歩き電車に乗るものの、気分は晴れない。ラブホテルに入ってしまったとき、受付のオヤジに助けを求めることもできたはずだ。

 吊革に掴まり窓を見ると、虚ろな目をした自分の顔が目に入る。

 最低の初体験だった。相手は行きずりの知らない外人だし、彼女の性欲処理のけ口にするために狙いを定めて絡まれたとしか思えない。

 最後は自分の意志で欲望を吐き出したものの、どこか犯されてしまった感がぬぐいきれないでいた。

 地下の暗闇を走る車両が、女体中央への旅をしている自分の分身と重なる。熱くヌルヌルした肉体のトンネルを走ってきた俺は、初体験への失望という名の列車を乗り継いでアパートへ向かっている。

 どの路線を使って最寄り駅までたどり着いたのかも覚えておらず、コンビニに立ち寄ってパスタを買い、家に戻るとすぐバスタブに湯を張った。

 顔を股間にこすり付けられ、シャワーも浴びずにラブホテルを出たのだ。陰部に挿し入れた指や合体した分身をはじめ、体中に外人女の匂いが付着しているに違いない。

 体を洗い風呂に入って人心地つくと、消えたはずの女の匂いが漂ってくる。

 最悪の初体験だったが、セックスが終わったときは愛情のようなものが芽生えてきた気がする。それは相手の外人も同じで、最後は体を硬直させて俺に抱きつき、しばらく二人そのままの体勢でいたのだから。

 そのことを思い出すと次第に犯された感が薄まり、鼻に付いて離れない女の匂いに初めてしたセックスの興奮が甦ってきて、分身が力を取り戻しはじめた。

 そのまま自分の手で分身を慰めると、幾億もの生命の源が驚くほど飛び散る。

 シャワーで洗い流し風呂から出て、コンビニで買ったパスタを食べながらテレビをけた。

 テレビでは時事問題を朝まで討論する番組を放送しており、前年のベルリンの壁崩壊やソビエト連邦が共産党一党独裁を捨て大統領制に移行することなど、国際社会の激動を参加者が議論している。

 ゴルバチョフがソ連の書記長になってからペレストロイカという改革が行われ、同時にグラスノスチという情報公開も進められた。

 それが東ドイツを始めとした東ヨーロッパ各国の改革につながっているのは俺でも知ってることだが、テレビ討論では、ベルリンの壁が崩壊してから国民の流出に歯止めがかからない東ドイツ政府が政権を投げ出し、東西ドイツが統一するという話で激論になっている。

 夢物語ではなく現実的な話だ。ソ連や東欧各国の動きをニュースで見ていると、冷戦というイデオロギーの対立から対話と自立の時代へと変わるように思えてならない。

 テレビを見ながら、間違いなく偉大な歴史の瞬間を目撃していることを感じ、妙に胸の鼓動が高鳴る。

 コマーシャルになったのでチャンネルを変えたものの、夏の歌ばかり歌う季節労働者のようなグループが愛だの恋だの演奏していて気分が台無しになり、チャンネルを元に戻した。

 たとえ時代の片隅にいようが、そんなことを歌ってる場合じゃない。明日はライブハウスへ行き、メンバーを募集してるバンドがいないか見てこようと思っていたが、板野さんのようにモヒカンにして出かけよう。

 中学一年生で初めてセックス・ピストルズを聞いてから、綺麗に整えたヘアスタイルはパンクじゃないと考えた俺は自分で髪を切るようになっていた。幸いハサミや電動バリカンは持ってきている。

 いても立ってもいられなくなり、バリカンを手にバスルームに入った。

 鏡を見ながらバリカンを側頭部に当てて髪を刈っていくが、左側が上手くできない。時間をかけて両側のバランスを整え、なんとか見栄えを良くする。

 下に落ちた髪を片付け、鏡に映すと襟足幅のモヒカンになっており、ツーブロックと間違えられそうな感じにできあがっていた。

 自分で刈ったとはいえ上出来な仕上がり。鏡の中の自分に恋をしてしまいそうだ。

 明日は目黒悲鳴館ひめいかんへ行きパンクバンドがメンバーを募集してるかチェックする。以前は福岡のバンド、モヅも出演してたライブハウスだし、良さそうなバンドが出るなら見てみよう。

 バリカンを片付けて床に入ったが、たくさん酒を飲んだためか気づくと朝になっていた。

 昨夜買っておいたパンを食べ、支度を整えて目黒へ向かう。

 土曜日の午前中、通勤ラッシュと違って電車は驚くほど空いている。それは山手線に乗り換えても同じで、目黒まで座って行けた。

 地図で見る限り、悲鳴館は目黒駅からそう遠くない。同じビルに入っている焼き肉店を目指し、革ジャンのポケットに両手を入れたままブーツのかかとを鳴らし目黒通りを歩いていく。

 五分ほどで到着してビルの地下へ降りていき、ライブハウスの入り口でどんなバンドが出てるのか情報を探るものの、ビジュアル系バンドばかりでパンクバンドらしき情報は見当たらないし、メンバー募集の張り紙もなかった。

 ガッカリして階段を上ると、ビルの前にゴシック・ファッションの女が立っている。

(なんだ? あの女……)

 派手な化粧で身長は百六十五センチくらいだろうか。地下から出てきた俺を見ていた。

「ゴールデン・パンチはツアーで九州に行ってるよ」

「ゴールデン・パンチ?」

 ここ数年で人気が出てきてメジャー・デビューの噂があるバンドだ。お化粧バンド、いわゆるビジュアル系バンドの走りで、ニューヨーク・ドールズを下世話にしたような派手なファッションに歌謡曲としか思えない音楽性、見た目と音楽の分かりやすさでファンが急増した。

「いや、ゴールデン・パンチ見たいんじゃなくて、どこかのバンドがメンバー募集してないか見に来たんだ」

「ふ~ん、綺麗な顔してるから女の子に人気出るかもね」

 一瞬ムッとした。俺は派手な化粧をしてキャーキャー言われたいんじゃなくて、ステージに立ってロックしたいんだ。ラモーンズがマシーンみたいにロックしてるように。

「ビジュアル系じゃなくてパンクバンドを探してる」

「あんたパンクス?」

「見りゃ分かるだろ」

 俺より少し年上みたいだけど、なんだかいけ好かない女だ。だけど、女からは不思議な磁力のようなものが出ており、何故かその場を立ち去れない。

「あたしミー。あんたは?」

「安養寺晃」

「アンヨウジ? じゃあジェイだね」

 なんで安養寺でジェイなんだ……?

 ポカンと口を開けていると、ミーの口から意味不明な言葉が飛び出した。

「どうする? 暇だからヤるぅ?」

「えっ?」

 一瞬、ミーがなにを言いたいのか理解できなかった。



創作長編小説

Posted by Inazuma Ramone