Heaven Sent:第一話
十二月二十五日クリスマスの夜、仕事を終えて、外灯も点いてない家に帰ると、暗闇の中手探りでドアの鍵穴を探し出して玄関を開けた。
真っ暗な我が家、灯りを点けようと壁に手を伸ばしてスイッチを操作するが、何度オン・オフを繰り返しても灯りが点かない。仕方ないので胸のポケットに手を入れ、ライターを点け天井を見た。
(こんな物まで持っていきやがった……)
灯りが点く訳がなかった。天井にあるはずの照明器具が無く、むき出しのソケットがオレンジ色の光の中に浮かび上がっている。ライターを消し、靴を脱いで家に上がって部屋に入ると、ベッドやテレビどころか、押し入れの中も空っぽ。そして、この部屋もリビングも、台所にも照明器具は一切無かった。確かに「俺の私物以外、全部持って行っていい」と言ったが、ここまで根こそぎ持っていくとは。
しばし立ち尽くしてからトイレで用を足し、暗闇の中で部屋の隅に置いてあった古新聞を床に敷いて座り、レジ袋からコンビニ弁当と缶ビールを取り出す。暗い中で一人弁当を食っていると、急激に寂しさが増してきた。
妻が今日、荷物をまとめて家を出て行った。金遣いが荒い女で、ローンで買った物は全部持っていき、俺に残されたのは二百万円ほどのローンだけ。結婚当初から金の事で諍いが絶えず、とうとう離婚話が持ち上がり家を出て行ったのだ。金遣いだけでなく、俺の両親や兄弟に対する態度も酷い女だった。
でも……。
(俺も、もっと側にいて優しくしてやるべきだったんだ……)
絶望と孤独が全身の毛穴から入り込んでくるような感覚。後悔の念が沸き起こって胸が苦しくなり、飯が喉を通らず、ビールで胃の中に流し込みながら無理やり食う。飯を食い終わっても家を出て行った妻の事と「こうすれば良かった」という過去への後悔しか頭に浮かばず、シャワーを浴びる気にもならない。
仕方なく、古新聞と台所に置いてある使ってないゴミ袋二つを持ってきて、古新聞を体に巻き付け、ゴミ袋の片方を筒状にして頭から被り、もう一つのゴミ袋に足を入れて横になった。
――眠れない。
眠れる訳がない。頭の中は出て行った妻の事で一杯なのだ。それに今日はクリスマス。真冬の寒さの中、布団も無くゴミ袋に入って寝る情けなさを噛み締めながら寝るなんて無理だ。
一人寝の寂しさからなのか、セックスできなくなった男の生物としての本能からなのか、痛いくらい勃起しており、女を抱きたくて気が狂いそうになっている。
(また、あの夢を見るのかなぁ……)
朝起きると全身が怠くなっていて体を動かすのが辛い夢。中学三年生の夏、夜中に神社に行った日に見た、光と声の夢を見るのではないかと思うと余計眠れなくなる。
結婚を決意した日の夜から何度も見るその夢の事を考えると、今夜は眠れる気がしない。股間の滾りだけは鎮めようとゴミ袋から出てトイレの便座に座り、己を慰め始めた。幸い使いかけのトイレットペーパーは残っている。
僅かな時間の慰めだけで大量に飛び散った幾億もの自分の分身を始末し、再び古新聞を体に巻いてゴミ袋に入ると、気怠さと情けなさの中で床に就いた。
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