第八話 Give It Up 其の7
中洲の林の中を草を書き分けるように進むと、すぐにザブルド川が見え始める。ベラマッチャたちは中洲に渡る時に使った小船を川面に浮かべて乗り込み、パンチョスが櫓を操り対岸に向かって漕ぎだした。
ベラマッチャは川の水を掬い取り、カツラスキーとの激闘で腫れあがった顔面にかけた。熱を帯びた顔に冷たい水が心地よい。カッパ・マントで顔を拭い、微かに見えるワグカッチの街を見てから川面に視線を落とした。
船に揺られながら見るザブルド川は日の光でキラキラと輝き、浮世の嫌な事を忘れさせてくれるかのようにベラマッチャの心に染み入る。
その美しさに、何も考えずに見入っていたベラマッチャの耳に、ポコリーノの声が響いた。
「おいベラマッチャ、早く岸に上がれ」
ふと見ると船は既に着いており、ポコリーノたちは全員岸に上がっている。ベラマッチャも慌てて船から降り、歩き出していたポコリーノたちの後を追った。
ここからマラッコの屋敷までは、そう遠い距離ではない。顔役の無事を祈ってかマラッコに誅を下すことがイザブラーとの抗争になりはしないか、様々に想いを巡らしながらベラマッチャは黙々と歩く。皆緊張しているためか、お喋りをしている者はいない。
やがてワグカッチの街に入り、一行の脚は早くなった。大通りから四つ角を曲がるとマラッコの屋敷は目の前である。
ゆっくりとした足取りでマラッコの屋敷に近付くと、いつも立っているマラッコ一家の若い者の姿が見えない。不思議に思いシャザーン卿を見ると、シャザーン卿も頻りに首を捻っていた。ポコリーノとパンチョスも顔を見合わせ、不思議そうな顔をしている。
シャザーン卿はヘンタイロスから降り、周囲を警戒しながら屋敷の門を潜った。ヘンタイロスとポコリーノ、パンチョスも後に続いて屋敷の門を潜って行く。
その後姿を見ながらベラマッチャが門を潜ろうとした時、門の横に掛けてあった『マラッコ一家』の看板が無くなっているのに気づいた。
不審に思ったベラマッチャは足早になり、前を歩いていたパンチョスとポコリーノに近付き、小声で話しかけた。
「パンチョス君、ポコリーノ君。屋敷の門に掛けてあったマラッコ一家の看板が無くなっているのを見たかね?」
「本当かい? 俺は気づかなかったぜ。ベラマッチャさん、俺たちが留守の間、何か起こったのかもしれねえな」
「シッ! 喋るんじゃねえ。この静けさは異常だぜぇ」
慎重に玄関の前まで行くとシャザーン卿は扉の前にしゃがみ込み、細工がしてあるか調べ始めたが、すぐに立ち上がって後ろを向いた。
「特に仕掛けは無いのぅ。コソコソしておると逆に怪しまれる。堂々としておるんじゃ」
シャザーン卿が音を立てないように扉を開くと、一行はベラマッチャを先頭に屋敷に入って行った。
ディスカッション
コメント一覧
まだ、コメントがありません