ロックンロール・ライダー:第二十四話

創作長編小説

 会場を後にする客の流れを見ていると、隣に座る板野先輩が立ち上がる気配がして俺も席を立つ。

「帰るっぺぇ。何か食っていくか」

「そうっスね、腹が減りましたよ」

 ライブで興奮したためか、さっきから腹が鳴っている。どこで飯を食うか、野音を出て話しながら歩いているとハンバーガーショップを発見した。

「ここでいいんじゃないんですか?」

「そうするか」

 先輩と共に店内に入ると、野音でのライブ帰りと思わしき連中で座席が埋まっている。

 先輩と目を見合わせ、注文したら外で食べることにして行列の最後尾に並ぶ。

 注文が終わるごとに少しづつ前に進む行列で、なにを食べるか決めて話をしながら待っていると、やっと俺たちの順番になった。

「チーズバーガーとチリドッグ、それとコーヒー」

「メロンソーダとテリヤキバーガー、ポテト」

 先に俺が注文して支払いを済ませ、列から外れて外をながめていると、後から注文した先輩がやってきた。

「今日は久々のライブだったから燃えたぜ」

「俺もっスよ。ノッズ、昔に戻ったみたいで盛り上がりましたね」

「あぁ……飛び跳ねすぎて、まだ頭がボーッとしてやがる」

 先輩と会話しながら待っていると、店員がハンバーガーを運んできてくれたので、混雑した店内を避けて外で食うことにした。

 街頭やビルの灯りで照らされた歩道の隅に座り込み、心地よい夜風に吹かれながら袋からハンバーガーとコーヒーを取り出してパクつく。

 腹が減っているためか俺も先輩も無言で食い続け、食べ終わって店内に戻りゴミを捨て、駅に向かって歩きはじめた。

「安養寺、来週の土曜日は新宿ロストでスターグラフだぞ」

「ニューアルバム、水曜日発売ですよね。仕事帰りに秋葉原で買って帰りますよ」

「あぁ、俺も土曜までに聴き込んでライブヘ行くぜ」

 高円寺のアパートに住んでいるという先輩と有楽町駅で別れ、電車に乗り柴又へと向かう。

 家路へと急ぐ会社員で混雑する車内、ライブの熱気をまそうと吊革に掴まり、窓ガラス越しに流れていく街の灯りをぼんやりと眺めていた。

 夜とは思えないほど輝く都会の光と重なる、ガラスに映る車内の風景。そこに映る自分に気づくと、いつの間にか隣に女が立っている。

 車窓に映る女がジッと俺を見つめているため、不思議に思い顔を向けたら、目が合った瞬間ニコニコッと微笑んだ。

(なんだ? この女……)

 二十代半ばと思われる仕事帰り風の女だが、派手なメイクとアクセサリーでブランド物のバッグを持ち、香水の匂いを漂わせている。

 お世辞にも可愛いとか美人などとは言えない女だが、ミーちゃん同様、女の匂いがプンプンすると言うかフェロモンを発散しているとでも言おうか、誘蛾灯ゆうがとうに集まる虫のように、ムチムチした体に引き寄せられてしまう感じの女だ。

 見つめ合っていると再び女がニコニコッと微笑んだので、話しでもしたいんだろうかと思い、特になにも考えずに声をかけた。

「仕事帰りですか?」

 すると女は顔を綻ばせほころばせながら俺に体をくっつけてきて、嬉しそうな声で話しはじめた。

「そうなんですぅ。これから家に帰るところなんですか?」

「えぇ、久しぶりにライブヘ行って興奮が醒めないんで、どこかで酒でも飲んで気持ちを静めてから帰ろうと思ってます」

 俺は嘘を言っている。ノッズのライブで興奮しているのは確かだが、このまま帰ろうと思ってたんだ。でも、家に帰ったところで眠れそうもないし、知らない人と酒を飲んでみるのも面白いかもしれない。

 そう言うと女は、俺に誘われたと思ったらしい反応をした。

「わぁ、いいですね。私も仕事で嫌なことがあったんで、お酒でも飲みたいと思ってたんです」

「上野辺りで飲もうと思ってたんですけど、一緒に行きます?」

「ぜひお願いします!」

 話は決まった。

 まるでナンパしたようだが、そんなつもりはない。俺はこの興奮を抑えるため、誰かに話し相手になってほしいと思っただけだ。

 上野駅で京浜東北線を下車し、知らない女と二人で鶯谷駅うぐいすだにえき近くの焼き鳥屋に入り、生ビールを注文して話しはじめた。

「早速ですけど、名前を教えてもらえませんか?」

「安養寺晃っていいます」

「私、近藤雅美こんどうまさみです」

「近藤雅美……なんだか俳優みたいですね」

「やだ、子供の頃から友達に言われたんです。男の子には足でピアノ弾けってからかわれたし」

 雑談をしていると生ビールが運ばれてきたので二人で乾杯し、腹の中にビールを流し込む。

「あぁ、美味い。やっぱり外で飲む酒は最高だなぁ」

「本当、美味しいですよね」

 ビールを飲み終わってサワーを注文すると、注文しておいた焼き鳥と一緒に運ばれてきたので、二人で頬張りほおばりながら話を続けた。

「俺はプログラマーなんですけど、どんな仕事をしてるんですか?」

「私は保険会社で働いてるんです。今日は契約のことでトラブルがあってムシャクシャしちゃって」

「へぇ~、大変そうな仕事っスね」

 保険会社なんて財産や生命に関わる仕事だ。俺みたいなテキトーに生きてる人間にできる訳がないし、やる気もない。

 お互いのことを話しながら三杯目を飲み終わったとき、向かいの席に座っている近藤雅美が赤くなった顔で髪をかきあげた。

「ところで安養寺さん、生命保険には入ってるの?」

「えっ? いや、入ってないっスけど?」

「そうなんだ。人生なにが起こるか分からないから、入ったほうがいいですよ」

 そう言われてみればその通りだ。まだ社会人になったばかりで右も左も分からず、人生設計なんて考えたこともない。

 不慮ふりょの事故で死亡なんてことになったら葬式を出すにも金がかかるし、体に障害を負い働けなくなってしまったら残りの人生は金だけが頼りだ。

「う~ん、将来のことなんて考えたこともなかったなぁ……」

「フフッ……保険のことなら相談に乗りますよ」

 実家から独立して社会人になったんだし、いつまでも親任せじゃいけない。やはり先のことを考えて生命保険くらい入っておくべきだろう。

 腕を組んで考えていると、女の脚が俺の脚に絡み付いてきたので、血液が分身へと集中しはじめた。

 これは二人きりになれる場所へ移動し、保険の説明を聞くべきだ。

「パンフレット持ってます? 二人きりになれる場所で説明してほしいんスけど」

「持ってますよ。静かな場所がいいですね」

 俺の言葉に、近藤雅美は好色そうな笑みを浮かべながら返答してきた。

 偶然にも目の前にはラブホテルがある。静かだし二人きりになれるしで、保険の話を聞くには好都合な場所だ。

 グラスに残った酒を一気飲みし、会計を済ませて店を出ると、近藤雅美は俺の腕を掴んでつかんで体を密着させてきた。

「ちょっと休憩してから保険の説明を聞くよ」

 そう言って目の前のラブホテルに入り、二人でシャワーを浴びてベッドに戻ると、裸の男女のプロレスごっこが始まった。

 ライブで興奮した心と身体を静めようと襲いかかる俺に、仕事のストレスを発散しようと受け止める近藤雅美。

 回転するベッドの上でのスリリングな攻防が続き、やっと第一ラウンドが終了。

 運動して荒くなった息を整えていると、女は裸のままベッドから抜け出し、ソファーの上に置いたバッグからパンフレットを取ってきて、体を起こした俺の股間に置いて説明しはじめた。

 死亡時で三千万円などは分かるが、重度障害を負った場合やオプションの話などはよく分からない。

 チンプンカンプンのまま説明を聞いていると、パンフレット越しに俺の分身を弄びもてあそびながら、近藤雅美が契約を組み合わせて提示してきた。

「これ、独身の若い男性にお勧めなの。保険料が安い割に保証が充実してるから」

 保険のことなんて説明されても分からないし、お勧めならこの内容で契約しておこう。

 家で契約書に捺印なついんして保険会社に郵送することになったので、ベッドから出てテーブルの上で書類に記入しはじめた。

「ここに名前、横が生年月日で、下に住所と電話番号を書いて」

 近藤雅美に指示されるまま記入しいき、生年月日を書いたところで、突然、契約書を取り上げられた。

「ちょっと待って! 私より七歳も年下!? 冗談じゃないわよ! あんた、高校を卒業したばかりなのに酒飲んで女遊びするの!?」

 近藤雅美は目を丸くして驚いているが、なぜなのか俺には分からない。

 ポカンとしながら見ていると、女は俺の顔を覗き込みのぞきこみながら言葉を続けた。

「信じらんない! 女を抱くのも初めてじゃないでしょ!? 好みのタイプだからモーションかけたのに、あんた十八歳なの!」

 唖然あぜんとする近藤雅美を見つめていると、やっと落ち着いて来たのか俺の前に契約書を置き、再び記入するよう言う。

「十八歳なら契約できるから書いて。あぁ、本当にビックリした……」

 裸のまま記入する場所を教える女と、裸のまま契約書に書いていく男。なんだか可笑しくおかしくなり、書きながら片手で近藤雅美の胸を揉みはじめたら、彼女は俺の股間に手を伸ばしてきた。

 記入し終わった契約書を封筒に入れると、彼女はソファーに座る俺の股間に顔を埋めうずめ、再び分身に血液を送り込んでいく。

 二人でベッドに戻り、第二ラウンドと第三ラウンドを立て続けに闘い、朝まで眠ってからラブホテルを出ると、お互い言葉も交わさず駅で別れて電車に乗った。




創作長編小説

Posted by Inazuma Ramone