ロックンロール・ライダー:第八話

創作長編小説

 お喋りを続ける女二人を引き連れ、ビルの谷間を歩いて会社へ向かう。

 後ろを歩く安田さんと馬場さんは、相変わらず俺の顔のことで盛り上がっており、どんな服が似合うか話している。

 俺の私服なんて革ジャンにジーンズ、ブーツかスニーカーだ。

 えり周りとそで口、ポケットのファスナー周りにスタッズを打ったライダースジャケットにひざが破れたジーンズ、基本はラモーンズだ。他に何がある?

 後ろから聞こえてくるラガーシャツを着るなんてゾッとするし、ファッション雑誌に載ってるような洒落しゃれた服なんて冗談じゃない。きっと二人は、パンクスなんて見たことないんだろう。

 会社に到着し、タイムカードを打刻して会議室に戻ると、すでに全員着席しており、俺たちが着席してすぐに桑原課長をはじめとした人事部の面々も入ってきた。

「これから、ビジネスマナー講習を行います」

 人事部の女性が手本を見せ、新入社員が二人一組で挨拶、敬語、言葉遣いを練習し、報告、連絡、相談やビジネス文書の作成に名刺交換に電話対応。

 これは社会人としての基本であり、明日から金曜日までは、コミュニケーション力、チームビルディング、リーダーシップ、フォロワーシップ、仕事管理、進捗度管理、スケジュール調整など、考えるだけでウンザリする研修を行うらしい。

 惰性で初日の研修を終えたが、タイムカードを打刻して退社したものの、緊張と気疲れで駅まで歩くのも辛くなる。

 アパートへ帰る途中、コンビニで弁当とビールを買っていくものの、どうも食欲が湧かない。シャワーを浴びて部屋に戻り、電子レンジで弁当を温めて無理やりビールで流し込む。

 アルコールのせいなのか疲れのためか、まだ九時前だというのに急に眠気が襲ってきたので、布団を敷いて眠りについた。

 翌日から目を覚まして会社へ行き、研修を終えてアパートに帰り寝るだけという生活が始まったのだが、新入社員の中に一人だけ俺をイラつかせる男がいたのだ。

 前野という奴で、俺が何か言うと「サイタマだから~」とチャチャを入れやがる。どこの出身なのか、標準語を喋ってるつもりらしいがイントネーションが違う。

 新入社員の中でも高学歴らしく、短大卒業の女子や高卒の俺を見下してる感じの嫌な奴だが、かといって研修中に殴るわけにもいかず、初日に昼食を共にした安田さんや馬場さんたちと、悪口を言いながら我慢を続けてきた。

 入社して一週間、最初の週末は疲れのため家でゴロゴロしてただけで終わってしまい、再び月曜日がやってくる。

 朝起きて鏡を見れば、血管が青く浮き出て疲れが残ったままの俺の顔が映っていた。まるでゾンビのような表情のまま着替え、電車に乗って会社へ向かう。

 遅刻ギリギリでタイムカードを打刻して会議室に入ると、ホワイトボードのところに見たことがない女が立っている。

(そうか、今日からプログラミング研修だ……)

 馬場さんの横に座り、バッグから筆記具を取り出し前を見ると、立っている女が俺の方を見ていた。遅刻しそうな時間に入ったので目立ってしまったのかもしれない。

 俺が着席すると、ホワイトボードの前に立つ知らない女が話しはじめた。

「それでは、全員揃ったようなのでプログラム言語の研修を始めます。私は研修を担当する、開発部システム一課主任、駒田洋子こまだようこです」

 三十歳手前くらいと思われる駒田主任は、小柄で気が強そうな眼つきをしている。肩まで伸びた髪を後ろで一本に縛り、化粧も薄い。ただ、横を向いたときに突き出る胸は、蕎麦屋の娘と同じくらい大きく見える。

「システムはコボルという言語でプログラミングします。研修の最後に、皆さんに短いバッチプログラムを組んでもらうので、しっかり覚えてください」

 手短に挨拶をすませた駒田主任より、コボルの言語構成についての説明からプログラミング研修がはじまった。

 コボルはアイデンティフィケイション・ディヴィジョン、エンヴァイロンメント・ディヴィジョン、データ・ディヴィジョン、プロシージャー・ディヴィジョンから構成され、それぞれが見出し部、環境部、データ部、手続き部になっているらしい。

 見出し部には、プログラム名や作成者、作成日などのメンテナンス情報を記述、環境部ではコンピュータ名や使用する環境変数の受け渡し情報、さらにプログラムが読み書きするファイル名や種類などを定義、データ部では入出力ファイルのレイアウトやデータ項目、外部プログラムとの引数など、プログラム上で取り扱う全てのデータ項目の定義、そして手続き部では、プログラムが行う処理内容を記述する。

 聞いていると簡単そうだが、書くのは日本語ではなく英語だ。

 高校三年間、英語が赤点だった俺にスペルを覚えろというのはハードルが高い。やはりここは、営業部への配属を希望するか総務部に志願するか……。

 動くたびに揺れる駒田主任の胸を見ながら考えていると、横に座っている馬場さんが肘で俺をつついてくる。

「安養寺君、指されてるよ」

 小声で話しかけてきた馬場さんの言葉に反応して条件反射的に立ち上がると、駒田主任から質問された。

「どの部分が環境部で、なにを記述するのか分かりましたか?」

「えぇと、変数の受け渡し情報や使用するファイルを定義するところです。たしか……エンヴィロンメント・ディヴィシオン?」

 ホワイトボードに書かれているエンヴァイロンメント・ディヴィジョンを、おもいっきりローマ字読みすると、ドッと笑いが巻き起こる。しかも直後に、ムカつく声が聞こえてきたのだ。

「サイタマ訛りの英語」

 声の主は前野。

 カチンときて、一番前の席に座る前野の後頭部をにらんだものの、いま奴を殴ったりしたらクビになるに決まってる。ここは我慢し、奴に反撃できる機会を待ったほうがいい。

 他の新入社員も俺が前野を嫌ってるのを知ってるためか、奴の言葉に反応せず静まりかえっている。

 しばらく立ったまま前野を睨んでいたが、駒田主任の声で我に返った。

「一文字でも間違えるとコンパイルエラーになるので、自分の覚えやすい方法で記憶していくのも大切です。安養寺さん、でしたっけ? 入社式で元気よく自己紹介したのは、社長や常務が朝礼で話してましたよ。その調子で頑張ってくださいね」

 ニコリと微笑む駒田主任に促されて着席すると、彼女は前野に向かって注意をはじめた。

「研修中は真剣に聞くこと! いいですね!」

 俺に話しかけたのとは違い、厳しい口調で前野を注意する主任。

 その様子を見て、キツい女に見えた駒田主任が、なんだか急に優しい人に見えてきた。




創作長編小説

Posted by Inazuma Ramone