ロックンロール・ライダー:第二話
駅までの道のりで一本吸い、銀座線で上野まで行きアメ横へ向かう。
地下鉄の中でも降りてからも、判で押したように若い男はソフトスーツ、若い女はワンレンかトサカ前髪で肩パットが入ったボディコン。聞こえてくるのは笑い声ばかり。
どいつもこいつも好景気に浮かれ、未来はバラ色だと信じて疑わないんだろう。
「よく分かんな~い」
白痴としか思えない言葉を連発する若い男女の集団にイライラし、横断歩道を渡りながら、頭の上に右手を持っていきクルクルパーをしながら追い越す。
全員が流行ばかり取り入れた同じような格好、自分に似合うかなんて考えてない最悪のファッションセンス。
自分を良く見せたかったら、もう少し頭を使ったほうがいいぜ。でも、あんたらにゃ無理か。誰かが儲けるために作られた流行りや夢を、疑うことなく消費する馬鹿なんだからな。
目当ての店でジョンソンズのブランド、ラロッカのフライングジャケットを見るものの、六万円近くするんじゃ高くて高校生には手が出せない。
背中の絵柄違いで何種類かあるため、どの絵柄がいいか決めかねる。でも、就職したら一着買おう。
店を後にして上野駅へ行き、立ち食い蕎麦を食って電車に乗った。
昼間の下り線は朝の通勤ラッシュが嘘のように空いており、地元まで座って帰れる。
温かい車内の心地よさに眠ってしまい、危うく地元の駅を通過してしまうところだったが、ギリギリで降りることができた。
「日本橋の会社に就職が決まったよ」
家に帰って伝えると、母親は大喜びした。
そりゃそうだろう、高校を卒業できそうもなかった息子が就職を決めて帰ったんだから、親なら喜んで当然だ。
「学校へ行って先生に話してくるよ」
興奮して喋りまくる母との会話を切り上げ、自転車に乗って学校へと向かった。
三年生は午前中で授業が終わってしまい、同級生は誰も残ってない。体育の授業で騒々しい校庭を横目に、しんと静まる校舎内を職員室まで歩いていく。
「雨宮先生いますか?」
二階の突き当りにある職員室の扉を開け、担任の雨宮がいるか顔だけ出して中を見ると、英語の斉藤と数学の有賀が俺の方を向いた。
「どうした安養寺?」
「就職が決まったんで報告しに来たんスよ」
「偉いぞ安養寺!」
俺の言葉に、二人は喜びの声をあげて立ち上がった。斉藤と有賀の祝福の言葉が職員室中に響き、他の先生たちもこちらを向いて次々にお祝いの言葉を口にする。
「よくやったな!」
「雨宮先生は授業中だから、戻ったら話しといてやる」
先生たちのあまりの喜びように戸惑うものの、大勢から祝福されるのは恥ずかしくも嬉しい。
「安養寺、後は追試だな」
近くに来た現国の小林の言葉を聞き、俺の意識は現実に引き戻された。
(そうだ、追試があるんだ……)
就職が決まったとはいえ、赤点が六つじゃ卒業できるわけない。来月、家庭研修期間に六教科の追試を受けなきゃならないんだ。
「先生、追試の出題範囲は教えてもらえるんですか?」
「心配するな。お前は留年させない。職員会議で、下の学年に悪影響を及ぼすから卒業させるって話になった」
「卒業できるんですか!」
「そうだ、卒業させる。追試も、各教科の先生が答えを言うからそれを書け。音楽の追試は歌を一曲、生物の追試は花壇の手入れだそうだ」
「やったぁ! 卒業決定だぁっ!」
踊りあがって喜ぶ俺の前に、音楽の萩原がやってきた。
「安養寺、この前プレスリーの曲をアレンジしたって言ってたな。それを追試で歌ってみろ」
「分かりました! パンクバージョンにしてるんで楽しみにしててください!」
俺は先生たちに頭を下げ、得意満面で職員室を後にした。
だが、階段を降りながら、「下の学年に悪影響を及ぼすから卒業させる」と言った小林の言葉を思い出し、次第に怒りとも情けなさとも違う不思議な感情が沸き上がってくる。
(それって、学校から追い出すって言ってるのと変わらねえじゃん……)
だんだん怒りの感情が強くなってきたが、卒業できることには違いない。
ムカつくので、頭の中でポイズン・アイデアの曲を再生しながら校舎を出て、赤城おろしが吹き荒ぶ見慣れた風景の街を、自転車を漕いで家に向かう。
夜になったら、独り暮らしについて父と話さなければならない。却下されて銀座の伯父の家から通うなんて絶対に嫌だ。
家に到着したものの、いまだ興奮冷めやらぬ母の相手をするのが面倒くさい。部屋に籠ってギターを弾きながら父の帰りを待とう。
御茶ノ水には、ギターのヘッドに書かれたロゴを直してくれるイカした職人がいるらしい。粗大ゴミの日に手に入れたこの赤いSGも、そのうちギブソンの文字が燦然と輝くことになるだろう。
そんなことを考えながら過ごしていると、夜六時を過ぎた頃に父が帰宅した。
リビングで母から俺の就職の話を聞いているらしく、二階まで大きな声が聞こえてくる。
「そうか日本橋の会社か! 銀座の兄貴に話して、晃の面倒をみてもらおう!」
(――ヤバい。このままじゃ伯父さんの家に下宿決定だ)
俺はリビングへ降りていき、父と話すことにした。
「晃、なんの会社に就職したんだ!」
リビングに顔を出すと、父と母が大声で捲し立ててくる。
「コンピューターソフトウェアの開発をしてる会社。そのことで話があるんだ」
ソファーに腰掛け、父が着替えてくるのを待ち話を切りだした。
「プログラマーって毎日夜遅くまで働くことが多いから、伯父さんの家に下宿するのは無理だと思うんだよ。夜中に風呂に入ったりして起こしちゃうのも悪いし」
「なに言ってるんだ。本庄から通うと二時間はかかる。兄貴の家に住めば自転車でも通えるじゃないか」
「銀行や証券会社のシステム開発なんだよ? ずっと日本橋の会社で働くわけじゃないみたいだし、不規則な生活になりがちなんだから伯父さんと伯母さんに迷惑をかけるって」
銀座は父の故郷だ。しかも実家である伯父の家で監視されるような生活、絶対に避けなければならない。たとえ伯父の家じゃなくても、銀座で暮らすなんてゴメンだ。
「伯父さんと伯母さんも店が忙しいし、なるべく迷惑かけたくないんだよね。そこで考えたんだけど、何かあったとき、すぐ伯父さんの家まで行けるように、銀座に乗り入れてる地下鉄の沿線にアパートを借りるってのはどうかな? 郊外なら家賃も安いしね」
「そうか……夜遅くなる日が多いんじゃ迷惑かけるな。兄貴の知り合いに不動産屋がいるかなぁ」
父は立ち上がり、伯父に電話をかけはじめた。
「あぁ兄貴、晃が日本橋の会社に就職が決まったからアパートを借りたいんだけど」
話を聞いていると、どうやら伯父さんの知り合いに不動産屋がいるらしく、アパートを探しておいてくれるらしい。これで最悪の事態は回避だ。
学校で就職したことを友達に話し、生物の追試である花壇の手入れをしたりして過ごしていると銀座の伯父から連絡がきた。柴又に手頃なアパートが見つかったので、不動産屋から預かった契約書を送るらしい。
(柴又かぁ……)
できれば他の路線がよかったが贅沢は言ってられない。京成押上線なら都営浅草線直通だし、通勤も楽だろう。
家庭研修に入った二月、音楽室でエルヴィスの「好きにならずにいられない」をアレンジして歌い、花壇に咲きはじめたデイジーの手入れをし、答えを教えてもらいながら追試を受けて、卒業に必要な単位を取得する。
引っ越しの荷造りをしながら迎えた卒業式と、友達みんなの前途を祝うためのスタジオライブが終わって数日、俺は独り柴又のアパートへ向かった。
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