ロックンロール・ライダー:第一話

創作長編小説

 一月半ば、高校卒業を目前に控え、まだ進路が決まってなかった俺は、親や教師に将来のことを考えるよう言われるのが嫌で、学校帰りに本屋へと足を向けた。

 就職情報誌を適当に開いて目に入った求人欄の電話番号を覚え、家に帰って電話する。たった一度、名前も知らない会社に電話しただけだった。

「面接を行いたいので、弊社までお越しください」

 担当者から日時を伝えられたので、会社名と住所を確認した。電話番号を暗記するだけで精いっぱいだったんだ。聞かなきゃ行けない。

 会社の名は「日本データサービス」といい、中央区の日本橋にある会社だ。

 面接を受ける前に、金髪を黒く染めておこう。それと、制服に付けたスタッズやパンクバンドのワッペンを剥がしておくことにした。

 ドラッグストアで黒いヘアカラーを買ってきて髪を染め、スナップ写真から自分の顔を切り取り、記入済みの履歴書に貼り付けて準備完了。

 面接の日、人生初の通勤ラッシュに揺られて埼玉県から中央区へ。

 朝の通勤時間帯、電車の中は地元すら人でいっぱい。上野で銀座線に乗り換え、各駅ごとに人の塊に押し出されながら日本橋にたどり着く。

 人混みに揉みくちゃにされて疲れたものの、地下鉄の出口から外に出ると冬の冷たい空気が癒してくれる。

 中央通りから昭和通り方面をうろつきながら、目的地のビルを探しはじめた。

(住所だとこのへんだなぁ……)

 四十分かけて日本データサービスを見つけ出し、会社が入っている階へ行き受付の女に声をかけた。

「あのぅ、面接を受けにきた安養寺あんようじといいます」

「そちらにお掛けになってお待ちください」

 そう言うと、女は左にある社名が入った扉を開けて奥へと消えていく。

(東京の女は化粧が濃いなぁ……顔から化粧が外れてデスマスクが作れそうじゃねえか……)

 コートを脱いで椅子に腰掛けようとしたとき、眼鏡をかけた男が現れた。

「お待たせいたしました、人事部の桑原と申します」

安養寺晃あんようじあきらです! よろしくお願いします!」

「面接を行いますので、こちらへどうぞ」

 立ったまま挨拶した後、案内されたのは二十畳くらいの部屋。長机とパイプ椅子が置いてあり、ハゲたおっさんが座っている。

 ハゲはニコニコしながら立ち上がり、喋りはじめた。

「人事部長の岩田と申します。本日は遠いところ面接に来てくださり、ありがとうございます。そちらにお掛けになってください」

(遠いところ? 埼玉の奥地に住んでちゃ悪いかよ!)

 少々ムッとしながら見ると、机から離れた場所に椅子が置いてある。

「履歴書はお持ちですか?」

 桑原氏に履歴書を渡し、ハゲに指し示された椅子に座った。

 二人が履歴書を見ている間は無言の時間が続き、ちょっとドキドキする。

 眼だけで周りを見ながら待っていると、桑原氏から話しかけられた。

「本庄南高校普通科に在学中とのことですが、なぜソフトウェア会社である弊社を希望されたんですか?」

「友達が持ってるパソコンを使わせてもらってコンピューターに興味を持ち、ソフトウェア開発の仕事をしてみたいと思ったからです」

 大嘘だった。同じクラスの、喋ったこともない奴がパソコンを持っており、ゲームができるというだけで友達と押しかけてロールプレイングゲームにハマッただけ。コンピューターのことなんてチンプンカンプンだ。

「弊社は銀行や証券会社を中心に、汎用機はんようきのシステム開発を行っていますが、パソコンでプログラムを組んだことは?」

「雑誌に載ってる、バイオリズムやブロック崩しのプログラムを打ち込んだことがあるくらいです」

 心の中で「パソコン持ってる奴がね」と思いながら喋ったが、プログラムを組んだことがあるのは高評価らしく、岩田氏も桑原氏も笑顔になった。

「じゃあ、プログラミングには親しんでおられるんですね。プログラマーは体力勝負の肉体労働的な仕事ですが、若いから体力的には問題ないですよね」

「ライブハウスで夜遅くまで暴れ……いや、踊ったりしてるので、体力には自信があります」

 俺の言葉を聞き、今度は岩田氏が満面の笑みを浮かべて口を開いた。

「そうですか。ぜひ弊社の力になっていただきたい。三月卒業見込みと書いてありますが、四月から働くのは問題ありませんね?」

「大丈夫です」

 本当は卒業できるか怪しい。赤点が六つもあるんだ。でも、就職が決まれば企業の手前、学校も卒業させざるを得ないだろう。

「プログラムはコボルという言語で組みます。パソコンでプログラミングしてたなら簡単に覚えられますよ。新人研修で指導するので、心配することはありません。では、入社式でお会いしましょう」

「頑張ります!」

 面接結果は即日採用。

 四月一日が入社式だとその場で言われ、渡された書類に記入捺印して当日持参しなければいけないらしい。

 あっけなく決まった就職に内心ニヤリとし、岩田氏と桑原氏に頭を下げ会社を後にした。

 まだ午前十一時、アメ横に寄って革ジャンを見て、駅にある立ち食い蕎麦でも食って帰ろう。

 エアコンの気持ち悪い風から外の冷えた空気に変わったことで、就職決定の高揚感で上気した顔が冷やされる。

 世は軽薄短小の時代だ。人生なんてチョロいもんさ。

 明るく軽いノリがウケて、暗くて重いものはアウトな世の中。地価と株価は値上がり続けて札束が乱れ飛び、誰もが財テクにうつつを抜かすご時世だ。

 東京なんてバブル景気に浮かれた馬鹿騒ぎの中心さ。派手にやってやろう、抜け目なく細心の注意を払いながら。

 日本橋駅へ向かう途中、車の騒音だらけの高層ビルに囲まれた歩道で立ち止まり、透きとおった青空を見上げると自然に両腕が広がる。

 排気ガスまみれの、肌を切るように冷たく乾いた空気を思いっきり吸い込み、吐き出しながらコートのポケットに入れてある煙草を取り出して火を点けた。



創作長編小説

Posted by Inazuma Ramone