夢幻の旅:第十話
昨日に続いての自分で自分に送信しているメールに驚き、メールを確認すると、やっぱりタイトルも本文もない。
なぜこんなメールが着信するのか考えていると、キッチンから良美が話しかけてきた。
「健康診断の結果が届いたから、部屋の机の上に置いといたわよ」
洗い物をしている良美の声で我に返り、分かったとだけ返事をしてスマホを手に部屋へ向かった。
部屋へ戻ると机の上に封筒が置いてある。
引き出しからペーパーナイフを取り出して封筒を開け、健診結果を確認すると「HbA1c(ヘモグロビンエーワンシー)」と血糖値が上昇しており、糖尿病の疑いがあるため検査するよう書かれていた。
(まいったな……)
最近、倦怠感が強くなって食欲も落ちており、背中に痛みを覚える日が多い。それに死んだ父親が糖尿病だったこともあり、四十歳を過ぎた頃から食事や生活習慣などに気をつけていたのだが、やはり遺伝なのかもしれない。
診断結果を封筒に入れて机の上に置き、灯りを点けないまま階段を降りてリビングに戻るものの、ソファーに座ってテレビを見ている良美の顔がまともに見れない。原因は分かっている。蛍が俺の子供だと知ったからだ。
良美と出会う前の事とはいえ、子供がいることも知らずに良美と付き合い、そして結婚した。事実を知った以上、良美には蛍のことを言わなきゃいけないだろう。このままでは薄幸な人生だった蛍にも合わせる顔がないし、父親として蛍の結婚式にも堂々と出席したい。
天井のシーリングライトを眺めると、透明の水面に映るように蛍の顔が浮かんでは消えていく。だが、良美に言わなきゃいけないと思いつつも怒るのが分かってるので、口から言葉が出てこない。
それでも勇気を振り絞り、なんとか口から言葉を出した。
「さっき健康診断の結果を見たんだけど、糖尿病の疑いがあるから検査しろだって」
「糖尿病? 食事も気をつけてたし運動もしてたのに……やっぱりお義父さんの遺伝なのかしら。早く検査してきてよ」
「親父の遺伝かもしれないけど、俺はまだ糖尿病って決まった訳じゃない。検査ついでに、先生に生活の注意点をきいてみるよ」
俺の口からでてきたのは、蛍のことではなく健康診断の結果についてだった。子供が名乗り出てきたなんて、やっぱり言える訳がない。今日は言うのを止めておこう。
「あ、そうそう、中村電機さん、明日の午後点検に来てくれるってさ」
「よかった~。さっきもテレビが点いたり消えたりしてたんだから」
「家のテレビも古いし、そろそろ買い替えなきゃかもな。今日は疲れてるから先に寝るよ」
そう言って、俺は寝室に向かった。
階段を上がる足取りも重く、照明を点けても暗闇の中にいるみたいに何も見えてない。今の俺の頭の中は糖尿病検査でも蛍のことでもなく、我が子の存在を良美にどう話すかだけだ。
ベッドに入り横になっても、俺は蛍のことを良美に切り出すタイミングだけを考えていた。
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