Autographic 第十六話:猟犬

創作長編小説

「秀人! 突然いなくなったから心配したぞ!」

 おじさんと新井さんが、猟銃を肩に掛けたまま凄い顔で近付いてくる。見ると、立ち止まって野犬を見ていた猟犬たちも、おじさんたちが来たら尻尾を振って動きはじめた。

「おじさん! やっと会えた」

 脚の痛みを堪えながら近付いていくと、やっと二人は安堵の表情を浮かべ、身振り手振りを交えながら座れと言う。僕はさっきまで座っていた倒木まで戻り、再び腰を下ろした。

「二人を追いかけてたら道に迷っちゃったみたいで、草むらの中の崖から落ちちゃったんだよ」

「草むらの中の崖? 狼沢に落ちたんか」

「オオカミザワ? 分かんないけど、そこの川の少し下流のところだよ」

「やっぱり狼沢に落ちたんだがな。沢の周りに大した高さの崖はねえけんども、怪我しなかったんか?」

「右の足首がちょっと痛いくらいかな……」

 咄嗟に嘘をついた。後頭部を打って出血し、意識を失っていたなんて言ったら家に帰されてしまう。せっかく秩父まで来て念願だった猟にも連れてきてもらったのに、家に戻って退屈な時間を過ごすなんてご免だ。

「ところで秀人君、その犬はどうしたんだい」

 おじさんと話してると、新井さんが野犬について尋ねてきた。

「そうだ! 崖から落ちた場所に熊が出たんだよ! 怖くて動けなかったんだけど、この犬が出てきて熊が逃げていったんだ!」

「熊が出たんか!」

 おじさんと新井さんが大声をあげた。腕を組んだまま二人で顔を見合わせ、あれこれ話している。

「修ちゃん、さっきの罠にかかってた鹿だけ仕留めて、今日は帰るんべぇ」

「そおだいなぁ……秀人も怪我してるし、そうすっか」

 おじさんも新井さんに同意し、罠にかかった鹿を仕留めて帰ることになったので、正直ホッとした。足首も痛いし、これ以上山の中を歩きまわる自身がなかったのだ。どう考えても、今の僕は猟の足手まといになってしまっている。

「秀人君、歩けるか?」

「ちょっと痛いけど大丈夫です」

「こっからすぐだから、頑張って歩いてくんない。じゃあ行くんべぇ」

 新井さんの掛け声で、猟犬と共に鹿が罠にかかっている場所を目指し歩きだしたとき、僕は野犬のことを思い出した。おじさんたちと再会した嬉しさのあまり、助けてくれた野犬のことを忘れていたのだ。

(そうだ……野犬にお礼を言おう)

 後ろを振り返り、野犬に手を振ろうとすると犬がいない。あれ、と思い周囲を見ると、野犬は猟犬の後ろを歩いていた。まさか人間の会話が理解でき、鹿という獲物の分け前がもらえるのを知ってるとも思えないが、野犬は猟犬と一緒に歩いており、僕の前を歩くおじさんと新井さんも野犬を見て首を捻っている。

 僕を救ってくれた野犬。この不思議な犬にますます興味が湧き、家に連れ帰り飼ってみようと考えはじめた。

「おじさん、僕、この犬を飼う。なんか訓練されてるみたいだし、ゴローとハナより大きいけど大人しそうだから」

「この犬をか? 野良犬だぞ?」

「いいんだ。犬を飼いたかったし、なんだか僕に懐いてるから」

「そうか。俺んちに連れて帰ったら逃げねえように繋いどけ。それから、すぐワクチン接種しろよ。狂犬病に罹ってる犬だと、咬まれたら人間も死ぬぞ」

「分かってるって。家に帰ったらすぐ動物病院に連れてくよ」

「ハッハッハ……ゴローとハナが修ちゃんの猟犬でジョンとキースが俺の猟犬、この犬は秀人君の猟犬だ。なにかいい名前を考えてやんなきゃな」

 この野犬が僕の猟犬かぁ……。

 新井さんに言われ、僕は野犬の名前を考えることにした。

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