第八話 Give It Up 其の8
室内は静まり返っており、門番が居なかったのと同様に人の気配すら感じない。それでもベラマッチャは用心し、周囲に気を配りながら奥へ進んで行く。
玄関から廊下を真直ぐ進み、突き当たりの右手にある二階へと続く階段をチラリと見ると、左に曲がる廊下を進んだ。後ろのシャザーン卿やポコリーノも二階が気になるのか、階段を覗き込んでから後に続いて来る。
廊下の左手はマラッコの客間になっており、目の前の左側に扉がある。ベラマッチャが後ろを振り返って手招きすると、シャザーン卿が忍び足で扉の前に来た。
シャザーン卿は懐から道具を取り出して扉を調べ、やがてベラマッチャに目配せしてゆっくりと扉を開き、室内に入って行った。
ベラマッチャも後に続いて入ろうとしたが、目の前でシャザーン卿が立ち止まっており、奥に進む事ができない。
「キミィ、なぜ奥へ行かんのかね?」
疑問に思ったベラマッチャが小声で尋ねると、シャザーン卿は驚愕の表情で振り返り、震える手で室内を指差した。
不思議に思ったベラマッチャは、後ろにいるポコリーノ、パンチョス、ヘンタイロスと顔を見合わせ、シャザーン卿を押し退けて室内へ入り愕然となった!
なんと室内では長髪のカツラを被ったマラッコが、既に息絶えて床に転がっている顔役の身体に呆けた顔で跨り、握り締めた匕首を何度も遺体に突き刺していたのである!
その奥のソファーには、シーマ・イザブラーが厳しい顔で腕を組み座っている。
ベラマッチャは凄惨な光景を見つめながら、やっとの事で喉の奥から震える声を搾り出した。
「――イッ、イザブラー親分……。これはいったい……」
イザブラーは頭を振りながら立ち上がり、ベラマッチャの問いに答えた。
「俺はマラッコの兄貴と顔役の仲裁に入るため、今朝ワグカッチに到着した。顔役の所へ行くと女房が、もう兄貴の屋敷へ出かけたって言うんで此処へ来てみると、一家の看板は取り外され、若い者も居やしねえ。何事かと思って屋敷に入ってみたら、兄貴は顔役の死体の横に立っていた。王宮からの解散命令書を握り締めてな」
イザブラーが顎で指し示したテーブルの上には、王国の印が押されている封書が載っている。それを見たポコリーノが、イザブラーに向かって疑問の声をあげた。
「解散命令書?」
イザブラーはベラマッチャたちの元に歩み寄りながら、ゆっくりとした口調でポコリーノの疑問に答えた。
「――普通は一家の所属ギルド宛てに王宮が発行する書類だ。何度も騒ぎを起こすと危険な団体とみなされ、解散命令が出される。だが今回は何の騒ぎも起こしてねえ兄貴の一家に直接解散命令書が届き、顔役は王宮からワグカッチを直轄地にすると言われ困り果てていた。おそらく王宮の管理官は最初から兄貴と顔役を使い捨てにするつもりだったんだろう。それにしても、なぜ兄貴がカツラを被ってるのかが分からねえ……」
マラッコが被っているカツラは、何らかの魔力を帯びた魔ヅラであろう。呆けた顔で顔役の遺体を刺し続けるマラッコを見ながら、ベラマッチャはK.G.B.の魔ヅラについて話そうとしたが、悲しそうな顔で部屋を出て行くイザブラーを見て、出掛かった言葉を呑み込んだ。
ベラマッチャたちはイザブラーの後を追いマラッコの屋敷を出たが、庭に出たところで追うのを止めた。庭の真ん中で立ち止まったまま、見えなくなるまでイザブラーの後ろ姿を見つめていたベラマッチャに、後ろからポコリーノが話しかけてきた。
「賭場にでも行こうぜ!」
その言葉に全員が頷いた。今回の旅はあまりにも悲惨な出来事が多く、滅入ってしまいそうになる。だがポコリーノの一言で、ベラマッチャは救われた気分になった。
ベラマッチャは、人間とはなんと欲深く狂気に満ちた存在なのかと戦慄しながら、賭場へ向かって歩いて行った。
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