ロックンロール・ライダー:第十六話

創作長編小説

 途中、アパート近くにある教習所から突然車が飛び出してきて驚いたが、俺より運転している女と助手席の教官のほうがびっくりした顔をしている。

 思わず笑ってしまったが、俺も教習所に通ってるときはドキドキしながら運転したものだ。

 部屋に着いて洗濯を始めたものの、体がだるく他のことをやる気が起きない。

 洗濯物をベランダに干した後、ゴロリと横になって寝てしまい、気づけば夕方になっていた。

(いけねえ……洗濯物、干しっぱなしだ)

 あわてて洗濯物を取り込んで、アイロンをかけるワイシャツを残して他の服をクローゼットにしまいこみ、財布を持ちシャツのまま夕食を買いに出かけた。

 日が傾いてきて少し寒いが、近所へ出かけるだけだから大丈夫だろう。

 毎日コンビニ弁当だと飽きてくる。歩きながら、幸いにも鍋とフライパンを持ってきてるから、たまにはスーパーで買い物をして自炊してみようと思い立つ。

 コンビニを通り過ぎてスーパーへ向かう途中、いかにも地元の年寄りしか客が来なそうな古道具屋が見え、何気なく店内に目を向けた。

(あっ……あれは!)

 なんとクラッシュも着ていた革ジャン、ルイスレザー・ライトニングが店内に飾ってあるじゃないか!

 驚いて思わず店に入ってしまい、革ジャンを見ていると奥から婆さんが出てきた。

「いらっしゃい。そのジャンパーは舶来品でお買い得ですよ」

 なんで柴又に、しかもびれた古道具屋にルイスレザーの革ジャンがあるのか分からない。しかも売値は四万八千円、新品で買う三分の一の値段である。

 ジャストサイズだし、革や裏地、ジッパーの状態を見ても革ジャンは新品同様、凄く状態がいい。これでこの値段なら絶対に買いだ。

 しかし今、金を下ろして買ってしまうと次の給料日まで極貧生活になってしまう。

 腕を組んでルイスレザー・ライトニングをにらみながら考えていると、再び婆さんの声が聞こえてきた。

「イギリス製の高級品ですよ」

 そんなこと分かってる。俺が悩んでるのは、せめて半額だったら即決するってことなんだ。

 悩みに悩んだ挙句、ダメもとで婆さんに値段交渉することにし、わざと大きな声で独り言を呟いた。

「あっ、な~んだ、これコピー品かぁ。革ジャンが欲しかったけど、これじゃあなぁ」

「売りに来た男の人がイギリス製って言ってたよ」

「お婆ちゃん、ここをよく見てよ。メイド・イン・コリアって書いてあるでしょ。英語で韓国製って書いてあるんだよ。売った奴にだまされちゃったね」

「まあひどい! 騙して売るなんて!」

 俺は、英語でメイド・イン・イングランドと書いてあるタグを指さし、意図的にコリアに直して婆さんに伝えた。

 俺の言葉に婆さんは憤慨ふんがいし、マシンガンのように革ジャンを売った奴の悪態をついている。なんでも売りに来た男が引っ越しに金が必要だったらしく、足元を見て格安で買い取ったらしい。

 もう一息で値段交渉が成立すると思った俺は、ここで一気呵成いっきかせいに攻め立てた。

「韓国製でこの値段じゃあ、十年後も売れ残ってるだろうね。革ジャン欲しかったけど、偽物でこの値段じゃあなぁ……」

「安くするから買っとくれよ。ジャンパーが欲しいんでしょ?」

「う~ん、二万円なら買ってもいいかなぁ。でも韓国製の偽物だしなぁ……」

 腕を組んで考え込んでるふりをしていると、革ジャンの値札を裏返して確認する婆さんの姿が視界に入った。

「消費税込みで二万五千円でどうだい?」

 おそらくその値段で買い取ったんだろう。婆さんも商売人として損しないよう必死なのが分かる。

 今どきルイスレザーの革ジャンなんて着てる奴はいないが、俺にとっては憧れのライトニングだ。

 婆さんをチラリと見て、止めの一言を言い放った。

「よし、俺も男だ! 年寄りが騙されたなんて看過かんかできない。金がないから二万円にまけてくれれば、この偽物の革ジャン買うよ!」

 俺の言葉に、婆さんは一瞬「えっ?」という顔をしたが、暫しの間を置き、予想通りの答えが返ってきた。

「分かったよ。買ってくれるなら二万円でいいよ」

「じゃあ駅前で金を下ろしてくるから、誰にも売らないでよ」

 交渉は成立した。店を出て走って柴又駅へ向かい、キャッシュディスペンサーで金を下ろして急いで婆さんの店に戻る。

「はい、二万円ね」

 婆さんに金を払い、その場でルイスレザー・ライトニングを着込む。

「あんたのおかげで大損しないですんだよ。また買いに来てね」

「俺も革ジャンが買えて良かったよ。また掘り出し物を探しに顔を出すから」

 笑顔で婆さんに手を振り、店が見えなくなる場所まで歩くと天に向かって拳を突き上げた。

「よっしゃぁ!」

 値段交渉というより騙して安くした感があり、若干、良心の呵責かしゃくを感じなくもないが、商売とは真剣勝負だ。婆さんは売りに来た男の足元を見て安く買い取り、俺は小細工をろうして欲しい物を手に入れる。この、売る者と買う者の駆け引きこそ商売の醍醐味だいごみというものだ。

 歩きながら、心の中の罪悪感を屁理屈で打ち消し、自分自身を納得させる。

 それより、ルイスレザーの革ジャンを手に入れたことで自然と顔がほころび、ニヤけた顔が元に戻らない。

 ニヤニヤしながらスーパーまで歩き、インスタントラーメンと豆腐、麻婆豆腐の素を買ってアパートに戻り、革ジャンをハンガーに掛けて調理を始めた。

 ラーメンに野菜や卵を入れたかったが、料理とは素材の味を楽しむもの。シンプルな調理こそ食材を最大限に生かすのだ。そう考えれば、麻婆豆腐にネギを入れる必要もない。

 本当は革ジャンを買ってしまったため野菜を買う金が無いのだが、考え方を変えればインスタントラーメンでもグルメになる。

 鍋を火にかけフライパンに麻婆豆腐の素を入れてから、十分かからず夕食ができた。

 小さなテーブルに鍋とフライパンを置き、そのまま食べてみる。

「うん、美味い!」

 鍋のまま食べるラーメンとフライパンのままの麻婆豆腐。実家でやったらお袋が怒りそうだが今は一人暮らし。食器は現地調達しようと思い持ってきてないんだから仕方ない。

 革ジャンを買ってしまったため金が無くなり、明日はライブハウスへ出かけることも不可能だ。

 ルイスレザーを着て江戸川にでも行ってみようと思いながら食事し、洗い物を済ませると、ミーちゃんから出た女の体液がベッタリ付いた下半身を思い出した。




創作長編小説

Posted by Inazuma Ramone