ロックンロール・ライダー:第十話

創作長編小説

 開発部はユニックス機が置いてある部屋と同じフロア、会社が入っているビルのひとつ上の階にある。

 階段を上っていき、「日本データサービス開発部」と書かれたドアを開けると、右側がユニックス機が置かれている部屋のドア、正面のガラス扉の向こうが開発部だ。

 ガラス扉の前で立ち止まり、周りを見ると誰も入ろうとしない。仕方がないので、自分でドアを開けて一番に中に入った。

 向かい側にある窓から太陽の光が差し込む室内では、大勢の人が黙々と働いている。

 入ってみたものの、どうすればいいのか分からないので、とりあえず近くにいた男に話しかけてみた。

「すいません、システム一課に配属された安養寺ですが」

「あぁ、新人さんね。奥にいる八木やぎ部長のところへ行って」

 手で指し示された方向には、一人だけ離れた机に座るバーコード頭の男がいた。入社式でスピーチをした部長の一人で、見覚えがある顔だ。

 部長は忙しそうに下を向いたまま仕事をしていて、まったく俺たちに気づいてない。

 みんなで顔を見合わせ、机の間を縫うように歩き部長の元へ向かった。

「失礼しまーす。システム一課に配属された新入社員なんですが」

 声をかけると、八木部長は顔を上げ俺たちを見回してから立ち上がった。

「開発部部長の八木です。システム一課の大滝おおたき課長は外出中なので、私から君たちが所属するプロジェクトリーダーを紹介しよう。原口はらぐち君! 松浦まつうら君!」

 部長が名前を呼ぶと、七三分けで青々とした髭剃ひげそりり跡が目立つ中肉中背の眼鏡男と、小柄でずんぐりとしたボサボサ頭の、ネクタイが曲がっている男が来た。

「富士見銀行のプロジェクトリーダー、原口係長と、村野証券のプロジェクトリーダー、松浦係長だ」

 俺たちの前に現れた二人の係長に挨拶すると、先に原口係長が口を開いた。

「安養寺君、安田さん、馬場さんは富士見銀行のプロジェクトに入ってもらいます。他の人は村野証券のプロジェクトだから、松浦さんの指示に従って」

「じゃあ、村野証券のプロジェクトをやる人は付いてきて」

 松浦係長はそう言うと、新入社員を連れて席に戻った。見れば、割り当てた机に荷物を置かせ、新人を集めて何か話している。

「じゃあ三人ともこっちへきて」

 原口係長の声で我に返り、後を付いていくと俺たちが使う机まで案内された。

「入り口側から安田さん、馬場さん、安養寺君は向かいの入り口側ね」

 俺の席は壁際の一番入り口に近い場所で、隣は女性社員が使ってるのか整理整頓されている。他の机を見れば、帳票が壁のように積み上げられてたり何かのマニュアルらしきものが散乱してたりと、いかにも仕事が忙しいサラリーマンの机といった感じだ。

「今日は大滝課長が板野いたのの尻拭いで出かけちゃってるから、僕から富士見銀行のプロジェクトについて簡単に説明します」

 原口係長は部屋の隅に置いてあったホワイトボードを持ってきて、書きながら話はじめた。

「新人研修で聞いたと思いますが、一課は汎用機のシステムを開発する部署、二課は私たちが作ったプログラムを保守するのが仕事です。いま我々が携わってるプロジェクトは、富士見銀行のオンラインシステムを刷新する仕事です」

 係長の話では、富士見銀行からシステムを新規開発する仕事を受注し、他の会社と共にプロジェクトを進めているらしい。

 しかも我が社は、銀行の業務内容を理解して設計しないと使い物にならない部分を受け持っていとのことで、話しを聞いてるだけで緊張が増してくる。

「三人とも、洋子ちゃんの推薦で富士見銀行のプロジェクトに配置されたんだから期待してるよ。最初は簡単なプログラムを組んでもらうけど、年末には戦力として計算できるように頑張ってくれ」

「洋子ちゃんって、駒田主任ですか?」

 安田さんが驚いたような声を出す。

「そうだよ。プログラミング研修を指導してた駒田主任。安養寺君は彼女が受け持つサブシステムチーム、安田さんと馬場さんは新井主任が受け持つサブシステムチームに入ってもらいます」

 俺だけが駒田主任のチームで安田さんと馬場さんは新井主任のチーム。入社式の日から三人一緒のときが多かったが、とうとう一人になるのか。

 所属先が決まり三人で顔を見合わせていると、ガラス扉が開き誰かが入ってきた。

「戻りましたぁ。課長たちは歓迎会に直行するそうです」

 見れば、駒田主任が大きな荷物を抱えて立っている。

 主任は疲れた顔で俺の後ろを通って隣の机の上に荷物を置き、椅子を引いて腰を下ろした。

「板野の尻拭いは終わったの?」

「終わりました。あいつ、テストが上手くいかないからって、データを改竄かいざんしてたんですよ」

「そりゃ課長が怒るわけだ」

 どうやらトラブルが発生してたらしく、それの対応で大滝課長が外出したようだ。

 駒田主任と話していた原口係長が俺たちに顔を向け、楽しそうな素振りで口を開いた。

「今日はシステム一課の新人歓迎会だから、五時になったら六本木まで出かけよう」

「歓迎会があるんスか?」

「もちろん。毎年やってるよ」

 今日は金曜日、時間は午後三時過ぎ。あと二時間ほどで歓迎会へ出発だ。

 残り時間が中途半端なので、今日は原口係長から、出向先の場所やサブシステムについての説明を受けることになった。

 富士見銀行システム部の場所は大門、駒田主任が手続きを行い持ってきた入館証が三人に配られる。

 首から下げ、手に取って見てみる。なんだか急に、ドラマに出てくるエリートサラリーマンににでもなった気がしてくる。

 入館証をバッグに入れ、原口係長からサブシステムの説明を聞く。安田さんと馬場さんが仕事をするチームには、どうやら大滝課長が出かけた原因である板野という奴がいるらしい。

 サブシステムの話は難しく、分かったような分からないような感じだが、嫌でも来週の月曜には大門で働きはじめる。

 原口係長がホワイトボードを文字で埋め尽くす頃、銀行のシステムについての説明が終わり、月曜日の朝は会社に集まり、駒田主任に連れられて大門まで行くことになった。

「五時になるから六本木へ行こう」

 いつの間にか近くに来ていた八木部長に言われ、係長がホワイトボードを片付ける。駒田主任も机の上に置いてあったバッグを持って立ち上がった。

 部長の声に、村野証券サブシステムチームの人たちも集まってきて、原口係長を先頭に会社を出て日本橋駅へ向かう。

 俺たち三人も雑談しながら付いていき、歓迎会での先輩たちとの顔合わせに期待しながら地下鉄入り口の階段を降りていった。



創作長編小説

Posted by Inazuma Ramone