第九話 That’s All 其の1
ベラマッチャ一行は降り頻る雨の中、夜通し歩き続けた。
雨の中、荒地の中の道を歩き続けた一行は、分かれ道に差し掛かった所で小休止を取る事にした。
各々道端の岩に座り、ヘンタイロスの背に括り付けてある荷物から水と携帯食料を取り出し、腹ごしらえして身体の疲れを癒し、これからの事を相談し始めた。
「この道を右に行けばチブチの街じゃ。明日には着くじゃろう」
「シャザーン卿、休みも満足に取らずに行くのかね? 少し休まんとカダリカと一戦交える時に差し支えると思うが?」
「ベラマッチャの言うとおりだぜ。これじゃあ、イザって時に身体が動かねえ」
「馬鹿め! 動く時には一気に動くもの。休むのはチブチに着いてからでよい。兵法を知らぬ貴様等は余に付いて来ればよいのじゃ!」
シャザーン卿の強硬な言い分に、ベラマッチャたちは荷物をヘンタイロスの背に括り付け直して歩き続ける事にした。
道中、何度か休憩を取り、昼夜ぶっ通しで歩いた一行は、翌日の昼近くになってチブチの街に辿り着いた。
門番すら居ない街の門を通り抜けたベラマッチャは、ゴーストタウンの様に静まり返った街の様子に驚き、近くを歩いている老夫婦に話し掛けた。
「キミィ、随分と街が荒れた様子だが、何事か起きたのかね?」
「渡世人さん、聞いてないのか? 昨日までカダリカ一味が街に居座って、やりたい放題に街を荒らしやがった。若い女は全員犯され、逃げ遅れた男は皆殺しだ。残っているのは年寄りと石屋が一人……この街はもう終わりだよ」
「石屋? なぜ石屋が残っているのかね?」
「何でも、キワイ山で使う水晶球を磨いてるって話だ。ワシ等夫婦もリーヨの街に行く事にした。渡世人さんたちもこの街に長居しないほうがいい」
老人は妻を支えながら項垂れ、力なく答えた。
「ご老人、石屋は何処かね?」
「この先のチブチ石材店って家だよ」
そういい残すと、老人は妻と二人で門を通り去って行った。
ベラマッチャは老人の背中を目で追い、夫婦の幸せを心の中で祈ると石屋目指して歩き始めた。
「おいベラマッチャ! 何処へ行くんだ!」
背後からポコリーノの声が聞こえると、ベラマッチャは振り返り答えた。
「ポコリーノ君、気付かんのかね? 水晶球はキワイ大火山神の復活の儀式に必要な物なのだ。石屋が残って水晶球を磨いているという事は、後でカダリカに届けるのだろう」
ポコリーノはハッとした。
「そうか! 俺たちが届ければカダリカに近づける!」
「そうねん! グッド・アイデアだわん!」
「なるほど……カダリカに近づくのはその手しか無さそうじゃな」
三人はベラマッチャ絶妙なアイデアに感心し、ベラマッチャの後に付いて石屋の家に行った。
ベラマッチャが石屋の扉を開けると、一人の男が汗を流しながら大きな水晶球を磨いている。
「失礼、君はカダリカから依頼のあった仕事をしている石屋かね?」
「ひえぇっ! もうすぐ磨きが終わります!」
ベラマッチャたちの突然の侵入に、男はカダリカ一味が来たと思ったらしく、怯えた顔をしながら物凄い勢いで水晶球を磨き始めた。
一心不乱に水晶球を磨く男は暫くしてから手を止めると、ベラマッチャの元に水晶球を持って来た。
「出来上がりました。職人の意地に賭けて、最高の仕上がりになっております……」
男は声も手も震わせ、ベラマッチャに水晶球を差し出した。
「むう、これは僕等がカダリカの所へ持って行こう。ご苦労だった。君もこの街から出て行ったほうがいい」
ベラマッチャの言葉に男の顔がパッと明るくなった。恐らく殺されると思っていたのだろう。男はベラマッチャたちの顔を見ながらジリジリと扉に近づいて行くと、勢いよく家から飛び出して走り去った。
ベラマッチャは水晶球をヘンタイロスの背に括り付けた振分け荷物の中に入れると、家の中を見回してサンドガサ・ハットとカッパ・マントを脱ぎ、床に腰を下ろした。
「諸君、夕方まで此処で休もうではないか」
ベラマッチャの言葉に皆頷き、床に横になり仮眠を取る事にした。
昼夜ぶっ通しで歩いて来た三人は、疲れの為あっと云う間に寝てしまったが、ベラマッチャは中々眠れなかった。唾を吐きかけたくなるカダリカの憎々しい顔が浮かび、家族と村人たちの顔が浮かぶ。
ベラマッチャは村人一人一人を思い出しながら必ず敵を取ると心の中で約束し、近くに落ちていた板とノミを拾い、彫り始めた。
(ダディー……マミー……シスター……村のみんな……僕は必ず君等の仇を取る……成仏してくれたまえ……)
ベラマッチャは家族や村人の事を思いながら戒名を彫り、位牌を完成させると、それを布きれで包んでマワシに捩じ込み、横になった。
眠れない時間を家族や村人たちへ祈って過ごしたベラマッチャは、やがて外が暗くなってくると横で寝ていた三人を起こし、サンドガサ・ハットを被り始めた。
ベラマッチャは全員の準備が整ったのを見ると家を出た。
四人の渡世人はキワイ山の洞窟を目指し、薄暗くなった通りを歩いて行く。
「ベラマッチャ、洞窟はどの辺りにあるんだ?」
「洞窟はキワイ山の麓、ウツロの森の外れにある。山道を通って行けば、ここから一時間くらいだろう」
ベラマッチャたちはチブチの街を出てキワイ山中の山道に入った。道は険しく、一列にならないと歩けないほど狭い。
シャザーン卿は荷物から松明を取り出して点け、ベラマッチャに渡した。ベラマッチャは松明の灯りを頼りに先頭に立って歩き始めた。
「うぅっ……片側は切り立った崖になってやがる……」
高所への恐怖を抱えるポコリーノは崖と反対側の山肌にへばり付きながら、松明の灯りを頼りに必死に歩く。曲がりくねる山道は人間の侵入を拒んでいるかの様であり、歩くのは困難を極めた。
ベラマッチャの言っていた一時間を過ぎても続く山道に、不安を感じたポコリーノが途中でベラマッチャに声を掛けた。
「おいベラマッチャ、まだ洞窟に着かねえのか?」
「むぅ、道が下り始めたから、後少しだろう」
少しすると道は大きく左にカーブし始め、道の向こうの暗がりに森が見えて来た。
「ウツロの森だわん!」
故郷を目にしたヘンタイロスの声がキワイ山に響き渡った。
ヘンタイロスは顔を綻ばせ、食い入るように森を見ながら歩いている。ベラマッチャもヘンタイロスの声を聞き、ウツロの森でヘンタイロスと出会った時の事を思い出しながら歩いた。
やがて山道が終わり、四人はウツロの森に入った。森の奥に向かって伸びる道を進んで行くと、右手に薄っすらと灯りが見える。
ベラマッチャは後ろを振り返り、口に人差し指を当ててから灯りに向かって静かに進んで行くと、煌々と燃える松明の下に大勢の人間が集まっているのが見えた!
「諸君、どうやらカダリカ一味のようだな」
ベラマッチャは身体を隠すため木の陰に隠れると、三人に向かって隠れるよう手を動かした。シャザーン卿はヘンタイロスから降り、荷物から水晶球を取り出すと風の様な速さでベラマッチャの傍に来た。
「さあ、行くぞ。余に続けいっ!」
四人は一斉に立ち上がり、森を出てカダリカの手下が集まっている場所へ向かった。
「誰だ! 貴様等は!」
突然ベラマッチャたちが現れたためカダリカの手下たちは騒然となり、剣や槍を構えて四人を取り囲んだ。
ベラマッチャは顔面蒼白になり、ヘンタイロスとポコリーノに目を遣ると、二人とも緊張した表情でカダリカ一味を見つめていた。ただ一人、シャザーン様だけは水晶球を持ち悠然と構えている。
ベラマッチャは悠然と構えるシャザーン卿へ、カダリカの手下たちの怒りが向かないか心配になり、小声で話し掛けた。
「キミィ、その態度だが、もうちょっと何とかならんのかね?」
シャザーン卿はベラマッチャの顔を見て不敵な笑みを浮かべると、一歩進み出た。
「今晩は! チブチ石材店です! ご注文の水晶球をお届けに参りました!」
シャザーン卿はベラマッチャたちが呆気に取られる程に態度を急変させ、卑屈と思えるくらいに低姿勢になるとカダリカの手下たちにペコペコ頭を下げ始めた。
「なんだ石屋か。渡世人みたいな格好しやがって」
ベラマッチャたちを取り囲んでいた手下たちは緊張を解き、ホッとした表情で武器を下ろした。
「ご苦労だった。水晶球はカダリカ様に渡しておこう」
手下の一人が手を伸ばしてシャザーン卿から水晶球を取ろうとすると、シャザーン卿はその手を払い除けた。
「カダリカ様から、水晶球は当方で設置するよう承っております。製造から設置まで、技術と信頼のチブチ石材店にお任せください」
「カダリカ様から設置を……それで四人で現れたのか。カダリカ様は洞窟の奥に居る。早く行って据え付けてくれ」
リーダー格と思われる男の言葉に手下たちは囲みを解いた。四人が洞窟の入り口まで来るとシャザーン卿が振り返った。
「水晶球の設置には時間が掛ります。慎重な作業になりますので、設置が終わるまで洞窟に立ち入らないようお願いします」
「水晶球を届けた後は入るなとカダリカ様に言われてるんだ。お前等に言われるまでもなかろう」
リーダー格の男は面倒臭そうに言い、四人に早く行くよう手を払う仕草をした。
シャザーン卿は水晶球を荷物の中に仕舞うと、代わりに取り出した松明をベラマッチャに渡しヘンタイロスに跨った。
ベラマッチャは松明に火を点けると、ポコリーノとヘンタイロスを伴い洞窟に入って行った。
「シャザーン卿、よくも咄嗟にチブチ石材店を騙れたものだな」
「相手の微妙な表情の変化から心理を読み取ったんじゃ。まったくサイコロジー修行のお蔭じゃ」
シャザーン卿はサイコロジー修行のお蔭で危機を切り抜けたのだ。
ベラマッチャが頓知の利いたシャザーン卿の行動に感心していると、後ろからポコリーノが声を掛けて来た。
「ベラマッチャ、どうやってカダリカを殺るんだ?」
「むぅ……紳士らしく、名乗りをあげて決闘を求めようと思っているのだが……」
ベラマッチャがポコリーノの質問に答えると、シャザーン卿が口を挟んで来た。
「馬鹿め。決闘なんぞ始めたら外から大勢の手下がやって来るぞ。ここは石屋のフリをしてカダリカに近づき、後ろから殺るが上策じゃ」
「そうよん。外には百人以上の手下が居たじゃないん。ワタシたちだけで百人も相手に出来ないわよん。後ろから近づいてエイッて刺しちゃいなさいよん」
「しかし僕は紳士として……」
「ベラマッチャ、シャザーン卿とヘンタイロスの言うとおりだぜ。俺たちだけじゃあ魔術でも使わねえ限り、百人も相手に出来ねえ。石屋のフリをしてカダリカに近づき、殺った後も石屋のフリをして出て行けば何の問題もねえ」
「むぅ……」
ベラマッチャはジメジメする洞窟の中を歩きながら考え込んだ。皆の言い分は分かるが、紳士としての面子を重んじるベラマッチャには納得がいかない。やはり名乗りを上げ、正々堂々と仇を討たねば家族や村人は喜ばないのではないのか?
考えながら洞窟をあるいて行くと、やがて前から明るい光が差し込んで来た。
四人は岩陰に隠れて光が来る方向を覗き込んだ。洞窟は大きな空間になっており、底の方に三人の男たちが居る。
「むぅっ! 諸君、あの真ん中の男がカダリカだ」
カダリカを見た瞬間、怒りが頂点にたちしたベラマッチャは男たちを指差し立ち上がろうとした。
ポコリーノは慌ててベラマッチャを押さえ再び岩陰に座らせると、耳元で呟いた。
「慌てるなベラマッチャ。さっき話したとおり石屋のフリをして近づくんだ」
ポコリーノはポケットからナイフを取り出すと、ベラマッチャに手渡した。
ベラマッチャはナイフを口に咥えると、マワシに捩じ込んでいた位牌を取り出し、細く捩った布で位牌を額に巻き付けた。
ベラマッチャとポコリーノの元にヘンタイロスとシャザーン卿が近づき、四人は打ち合わせを始めた。
「ヘンタイロスが水晶球を設置する時に余とポコリーノで手下を殺る。その隙に貴様はそのナイフでカダリカを討つのじゃ」
シャザーン卿の言葉に四人は無言で頷くと、シャザーン卿はヘンタイロスに括り付けてある荷物から水晶球を取り出し立ち上がった。
「さあ行くぞ。余に付いて来い」
シャザーン卿は水晶球をヘンタイロスに渡すと、右手で腰のナイフを確かめてから洞窟の底に向かって歩き始めた。ベラマッチャたちも立ち上がり、シャザーン卿の後に付き洞窟の奥に向かって歩いて行った。
洞窟の底に向かう道を半分ほど進んだ時、カダリカの手下が近づいて来る人の気配に気付き振り返った! それは紛れも無く、村でベラマッチャをカダリカの前に連れて行った男に違いなかった。
「何だ! 貴様等! 立ち入るなと言った筈だぞ!」
男たちは剣を構えるとカダリカの前に立ち塞がり、四人を怒鳴りつけた。突然の怒鳴り声にカダリカも振り返り、こちらを窺っている。
「今晩は! チブチ石材店です! ご注文の水晶球をお持ちしました!」
シャザーン卿はサイコロジーを用い、咄嗟に石屋のフリをした。二人の手下は怪訝そうな顔で四人を見回している。
「手下に渡せと言った筈だぞ!」
「水晶球の扱いは玄人でも慎重を期すもの。設置は技術と信頼のチブチ石材店にお任せください」
カダリカは疑惑の篭った視線でシャザーン卿をジロリと見ると、後ろを振り返りステージの様な場所を指差した。
「あそこの石が積んである上に置け」
「かしこまりました。設置専門の職人を連れて来ておりますので、ご安心ください」
シャザーン卿はヘンタイロスに向かって顎で合図すると、ヘンタイロスは水晶球を持ちステージに向かって歩いて行った。
階段を上がり、ステージの中央にある石積みの上に水晶球を設置するヘンタイロスを見ているカダリカと、二人の手下を確認したシャザーン卿は、ベラマッチャとポコリーノに目配せで合図し、腰からナイフを抜いて背後から一気に襲い掛かった!
「ぐえぇッ!」
シャザーン卿のナイフが手下の背中を抉ると同時にポコリーノも動き、もう一人の手下に殺人パンチを繰り出した!
「ホゲェ~ッ!」
「なっ、何事だっ!」
突然の悲鳴にカダリカは驚いて振り向き、血を流して地面に転がっている手下を見るとうろたえだした。
突き刺したナイフを抜いたシャザーン卿は、ポコリーノが殴りつけた手下が目玉を飛び散らして絶命しているのを見ると、ベラマッチャに向かって叫んだ!
「ベラマッチャ! 今じゃ!」
「ぬぅっ! カダリカ覚悟っ!」
シャザーン卿の言葉を合図に、ベラマッチャはマワシに挿していたナイフを取り出してカダリカに襲い掛かった!
(カダリカは左に避ける!)
ベラマッチャはサイコロジーを用いてカダリカの微妙な筋肉の動きを読み、動きを予測しながら突っ込んで行った。
「うおぉっ!」
カダリカは叫び声を上げながら、ベラマッチャの予測どおり左側に避けた!
だがベラマッチャの攻撃は間一髪で躱され、ナイフを持つベラマッチャの手首に手刀が叩き込まれた!
「あっ!」
カダリカの手刀にベラマッチャはナイフを落とし、慌てて後ろに飛び退いた。
「くぅっ! 仕損じおった!」
「ベラマッチャ!」
シャザーン卿とポコリーノはベラマッチャの元に駆け寄り、カダリカとベラマッチャを交互に見た。ヘンタイロスも慌ててステージから降りて来る。
カダリカは後ろに数歩後退し、目を剥いてベラマッチャを睨みつけると、独り言の様に呟いた。
「ベラマッチャ……? あの時の裸族の小僧かっ!」
ベラマッチャは体勢を立て直すと、憎しみの篭った目でカダリカを見つめた。
「どうやら初太刀では仕損じたようだ。だがカダリカよ、君の運命もこれまでと知りたまえ。僕等四人に囲まれては洞窟の外に手下共を呼びには行けまい。キワイ大火山神の御前で君を成敗する」
手下二人を葬り去り、後はカダリカを残すだけになったベラマッチャは、勝利を確信していた。
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