第一話 Knife Edge 其の7
若い男は額や鼻口から血を流し、異様な泣き声をあげて床を転げ回るが、口に入れた魚の切り身を吐き出そうとはしない。それどころか、泣き叫びながらも噛む事を止めず、とうとう魚を飲み込んでしまったではないか!
親方は舌打ちしながら竹刀を壁に立て掛け、再び魚の仕込みに戻ると若い男はゆっくり立ち上がり、流れる血を拭きもせず薄笑いを浮かべながら他の男たちが並ぶ列に戻って、何事も無かったかのように無表情で親方の仕事を見つめている。
ヘンタイロスたちは、料理とは思えぬ凄まじい光景を更に近付いて見ようと、ほんの少しだけ扉を開けた。だが蝶番から僅かに錆びた音が洩れ、一気に料理人たちの注目を集める事になってしまった。
「だっ、誰だ! てめえらはッ!」
列に並んでいた一人の男が走り寄り、勢いよく扉を開けてヘンタイロスとポコリーノを交互に睨む。ザーメインが「まあまあ」と割ってはいろうとすると、室内から仕込が終わった、との親方の声が響いた。
するとヘンタイロスたちを睨んでいた若い男は急に笑顔になり、三人に向かって恭しく頭を下げたのだ。
「いらっしゃいませ。ただいまジャスト開店時間でございます」
男の態度の急変に三人は呆気に取られたが、なんとか事無きを得たようである。そもそも仕込みを覗き見ていた自分たちに非があるのだ。怒鳴られたとしても文句は言えないのである。
室内に案内された三人がカウンター席に座ると、先ほど扉を開けた男がメニューを持ってきた。
「本日のお薦めはヒラメのムニエルでございます」
先ほども魚の仕込みをしていたから、今日は良い魚が仕入れられたという事だろう。ヘンタイロスとザーメインは目を見合わせ、ヒラメのムニエルを注文する事にした。ポコリーノは喧嘩稼業で疲れているのか、十六文ステーキという巨大なステーキを注文するようだ。
ザーメインが右手を上げパチンと指を鳴らすと、オーダーを取りに男がやってきた。
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ただならぬ雰囲気
もしや人肉素材とか?