ロックンロール・ライダー:第三十話
コードを書き、コンパイルし、修正する。
同じことを繰り返す毎日にうんざりしながらプログラムを作り、テストで出たエラーを夜遅くまで潰す。
朝六時に目を覚まして満員電車に揺られ、ネクタイを後ろに跳ね飛ばしながら職場へ向かう日々。九時前にタイムカードへ挨拶代わりのキスマークを付ければ、昨日の続きをするだけ。
バンドをやりたくて東京へ来たのに、生きるために嫌でも働かなければならない。相反する感情と揺れ動く心、その狭間に今の俺がいる。
明日は、やっと始動するバンドの初ミーティングだ。新井主任と薮田さんにバンドのコンセプトを説明し、パンクとはどんな音楽なのか理解してもらおう。
薮田さんとは、午後十二時ごろ押上駅に到着する電車の先頭車両に乗っていると約束したので、はぐれることはないはずだ。
明日のミーティングについて考えていると、突然横から声が聞こえドキッとした。
「安養寺君、ボーッとしてますが仕事は進んでますか?」
「コンパイルが終了したところなので、これからテスト用データを作ります」
そう答えると、駒田主任はニッコリ微笑んだ。
「このところ遅くまで働いてますから少し疲れてるみたいですね。今のプロジェクトが終わったら皆で打ち上げをしましょう」
「いいですね! 頑張って終わらせます!」
主任からのプロジェクト終了後の打ち上げ話を聞き、急に頭が切り替わりやる気が出てきた。
このところ毎日遅くまで働き、心も体も疲れきっている。今の俺の心の支えはバンド結成だけだし、仕事中もバンドのことで頭がいっぱいだ。
蕎麦屋の娘と同じく大きく突き出た主任の胸を横目で見てから、机の上のソースリストに目をやる。
周りの人たちから聞いた話と違い、なぜか俺には優しくしてくれる駒田主任。ひょっとしたら、あの巨乳を揉む日がやってくるのかもしれない。
そんなことを考えながら仕事をしていると、時間は夜十時を過ぎていた。
「テストデータ作り終わったんで帰ります」
顔を上げて椅子に座ったまま背伸びをし、まだ仕事が終わりそうもない安田さんや馬場さんに声をかけて立ち上がると、まだ仕事をしてる薮田さんに視線を移した。
「薮田さん、まだ帰らないんですか?」
「まだエラーが潰しきれてないんで、もう少しデバッグして帰ります」
「明日は話したとおりの時間で行きます」
俺はバッグに荷物を詰め込みながら、疲れた顔で答える薮田さんに声をかけ足早に立ち去った。
明日は初めてのミーティングだ。新井主任と薮田さんにバンドのコンセプトを説明し、早くみんなで音を出したい。
バンドが形になっていくのを感じながら駅へと向かい、家の近くのラーメン屋で遅い晩飯を済ませて帰宅した。
翌朝、起きると溜まっていた洗濯物を洗濯機に放り込んでシャワーを浴び、まだ寝ていたい自分の目を無理やり覚ます。
服を着て、動きが止まった洗濯機から衣服を取り出しベランダに干していると、自分の分身がハッスルしたくてウズウズしてるのに気付いた。
(そういえば最近ヤッってねえなぁ……)
このところ仕事が忙しく、毎日のように帰りが遅い。ミーちゃんにも会えないし、これまでのような体から始まる出会いもない。仕事で疲れてヘトヘトの毎日、自分の手で発射させるより睡眠欲が勝っていたのだ。
俺の意識はバンドを始めることに向かっている。それに比べれば、女を抱きたいなんてのは些細な欲望に過ぎない。
降り注ぐ朝の陽射しの中、バンドについて思いを巡らせながらワイシャツをハンガーに架けていると、人の気配を感じて顔を上げた。
見れば隣の家の女がベランダでしゃがみ、洗濯物を干そうとしている。俺に気付いてないらしく、広げた脚の間からパンティーが丸見えだ。
初めて見た隣人だが、年の頃は三十代後半くらいだろうか。ちょっとポチャリして愛嬌のある顔の主婦と思われる女である。
いくらストライクゾーンから外れた年齢とはいえ気まずさに視線を逸らしたものの、溜まりまくった我が分身がムズムズ動き出し再び目を向けてしまう。
主婦は立ち上がって物干し竿に洗濯物を架けているが、胸の揺れからノーブラなのが分かる。
洗濯カゴから衣服を手に取っているとき、主婦はやっと俺に気付き軽く頭を下げた。
俺も目が合ってしまった手前軽く頭を下げたが、完全に分身が元気になっており、気恥ずかしさから少し腰を引きながら下を向く。
すると、「プッ」という笑いが聞こえ、横目で主婦を見ると片手で口を押さえ笑っている。
自分の顔が赤くなっているのが分かったので手早く洗濯物を干し終えて部屋へ戻り、買い置きしてあったパンを食べて朝食を済また。
革ジャンを手にアパートを出て、午前中の明るい陽射しを浴びながら高砂駅へと歩き、ホームに滑り込んできた電車に乗って押上へ向かう。
季節柄、そろそろ革ジャンを着るのがキツいが、脱ぐ訳にはいかない。ラモーンズなんて夏でも着てるじゃないか。これは俺のパンクスとしての誇りなのだ。
ドアの横に立ったまま物思いに耽ていると、いつの間にか押上に到着した。
速度を落としていく車内からホームに目をやれば、ベンチに座っている薮田さんが俺を見つけて手を振っている。
電車内から手を振ると、先頭車両の開いたドアから薮田さんが乗り込んだ。
「はぐれるのが嫌で二十分くらい待っちゃいましたよ」
そう言って笑う薮田さんと話しながら電車を乗り換え、いよいよ板野先輩が住む高円寺に到着。
集合場所は駅から少し離れた場所だ。心地よい風を受けながらファミレス目指して歩いていくと、十字路を曲がったところで目の前に現れた。
ドアを開けて店内に入ったら、奥の席で板野先輩が手を振ってるのが見える。
「おい安養寺、こっちこっち!」
店中に響き渡るくらい大きな声で俺たちを呼ぶ板野先輩。向かいには新井主任も座っていた。
薮田さんと顔を見合わせ、恥ずかしさのあまり戸惑い立ち止まったままでいると、板野の先輩は立ち上がって再び大声で俺たちを呼んだ。
「おーい安養寺、薮田、こっちだよ!」
店内の客も従業員も立ち尽くす俺たちを見ている。中には手で口を覆いクスクス笑う奴までいる。
チラリと横を見ると、薮田さんが赤い顔で下を向いていた。
この状況から逃れようと、嫌な顔をして横を向いている新井主任目指して歩きはじめた。
「先輩、恥ずかしいから大声出さないでくださいよ」
「なに言ってんだ。俺たちに気付かないから呼んだんじゃねえか」
周りの目を気にしながら抗議するものの、板野先輩はどこ吹く風だ。バカバカしくなって座席に腰掛け、ウェイトレスが運んできた水に口をつけた。
「食いながらバンドのコンセプトを説明しますよ」
そう言ってメニューを開き、みんなで少し遅い昼食を食べながらミーティングを開始することにした。
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