ロックンロール・ライダー:第二十三話
なんだろうと思い、立ち止まって二人を交互に見ていると、女がバッグから何かを取り出し歩み寄ってくる。
女は俺の目の前で立ち止まり、何かを手にして両手を差し出した。
「マガジン出版でヤンヤンという女性向け雑誌を担当してる栗田と、こちらはカメラマンの山岡と申します。少々お時間よろしいでしょうか?」
「えっ? えぇ……構いませんよ」
女は出版社の人間だという。受け取った名刺にも出版社名と雑誌名が書いてある。
なんで話しかけられたのか分からず戸惑っていると、今度は髭面男が話しはじめた。
「実は雑誌の企画で取材してるんですが、昨今のバンドブームが女性にも注目されてまして、プロのモデルじゃない、二十代から三十代の読者が好みそうなロック好きの男性を探しているんです」
――怪しい話だ。高校卒業と同時に電話がくる謎の勧誘と同じなんじゃねえのか?
誰かが売った卒業名簿を見て電話をかけまくり、会員になると買い物や海外旅行がお得になりますっていう、例のアレだ。
ここで話に乗ったら高額請求される恐れがある。就職したばかりの俺に、撮影してやったからって五十万円や百万円請求してきても払えるわけがない。
それに、俺にとってロックンロールは流行り廃りじゃなく生き方だ。バンドブームが注目されてるからって、女子供を相手に演ってる連中と一緒にされたくない。
ノッズのライブへ行くのであろう、革ジャンを着た男やロックンローラー風の奴等がジロジロ見ながら通り過ぎていき恥ずかしいのだが、栗田とかいう編集者とカメラマンは他の連中を無視し、完全に俺に狙いを定めている。
詐欺じゃないかと警戒していると、再び女が喋りはじめた。
「ビジュアル系は派手すぎてヤンヤンの読者に合わなそうだし、原宿へも取材に行ったんですが雑誌に掲載できそうな人がいなくて……。つまり、その……顔が良くないと読者にウケないんです」
ますます怪しい……。人生を振り返っても、ハンサムだの顔がいいだの言われたことはない。
俺を持ち上げて写真撮影し、終わったらヤクザ紛いの連中に囲まれて一筆書かされるんじゃねえのか?
俺は、この撮影の当たり屋のような連中に絡まれてヤクザに拉致られ、金を払えずに東京湾に浮かぶことになるかもしれない。
頭の中で妄想が膨らみ、連中への警戒心から疑心暗鬼に陥り険しい顔で交互に二人を見ると、カメラマンの顔がパッと明るくなった。
「あっ、その表情いいですね! 撮影させてください!」
そんなこと言われても金なんか払えない。
ポケットに両手を突っ込み、どうしたものかと考えていると栗田とかいう女の声が聞こえてきた。
「私からもお願いします。ぜひ雑誌に掲載させてください」
「お金持ってないんだけど」
素直に思ってることを口にすると、女は困ったような顔をして口を開いた。
「いえ、お金は必要ないんです。ただ、編集会議で掲載が決まったらお礼をするので、お名前とご住所、電話番号を教えていただけると助かります」
金が必要ないなんて本当かどうか怪しいものだが、通り過ぎる奴等にジロジロ見られるのも限界だ。
この状況から早く抜け出したくなり、仕方なく撮影に同意することにした。
「いいっスよ。金がかからないなら撮影しても」
「ありがとうございます!」
髭面男が地面に荷物を置き、カメラを構えて俺を撮りはじめる。
すると女が、俺の名前や住所を聞いてきた。
「お名前を教えていただけませんか?」
「安養寺晃」
ムッとしたまま答えると、カメラマンの声が聞こえた。
「ちょっと斜めに構えてください」
睨むようにカメラマンを見ると、山岡とかいう男は声を上げながら何度もシャッターを押しはじめる。
「いいですね! 反抗する不良のイメージ! これ、読者からの反響が凄いですよ!」
(反抗する不良? ナニ言ってやがる、俺は真面目なサラリーマンだぞ!)
俺の思いとは裏腹に、パシャパシャ写真撮影するカメラマンと、俺の住所や電話番号を聞きながらクリップボードに書いていく編集者。
「ありがとうございました。これまでのところ、一番のモデルさんですよ」
結構な枚数の写真を撮影された後、二人はお世辞を言いながら荷物を片付け、他の撮影対象を探しはじめた。
噴水へ向かって歩きながらチラリと振り返ると、今度は原宿の歩行者天国にいるようなファッションの奴に声をかけている。
なんだか脱力感とムカムカした感じに襲われはじめ、なにも考えずに噴水の周りをグルグル歩いていたら、聞き覚えのある声が聞こえた。
「おい安養寺!」
「あっ、先輩!」
見れば、目の前に革ジャンとレザーパンツ姿の板野先輩がいる。
「さっきから声かけてるのに、どうしたんだよ?」
「いや、ちょっと考え事してたんスよ」
先輩に撮影のことを話すと、話が長くなりそうな気がする。ここは早くライブヘ行ったほうがいい。
噴水のところで少しだけ話しをし、早めに野音へ向かうことにした。
「もうすぐ開場っスね」
座席はステージに向かって右側、かなり後ろの方だ。この距離じゃメンバーもよく見えないだろうし、ライブハウスと違ってスタンディングじゃないからダイビングもできない。
日が落ちてきた会場の椅子に座り、ノッズのベーシストが奏でるムスタングの音やギタリストのレスポール、ボーカルの声やテレキャスターの響きなどを想像しながら先輩と話していると、ステージに男が出てきた。
「ウィー・アー・ザ・ノッズ! ウィー・アー・ザ・ノッズ!」
左手でマイクを握り右手を高く突き立て、まるで客を煽るように大声を張り上げる男。客も男に続き、右手を突き上げて「ウィー・アー・ザ・ノッズ!」を連呼する。
薄暗くなってきた会場で煽りは続いたが、客が盛り上がってきたころ男が引っ込み、代わりにノッズのメンバーが姿を現した!
「よっしゃ! 始まったぁ!」
なんと、オープニング曲はファーストアルバムから。これだけでノッズがシーンの最前線に帰ってきたのが分かる。
鼓膜が破れるようなノイズを聴きながら、腹に響く低音に合わせて一緒に歌う。
体が潰されるような爆音の中で陶酔し、次の曲も、その次の曲もモヒカン頭を振り、中指を突き上げて踊り、飛び跳ねながら歌い、いつしかアンコールが終わりメンバーもステージから姿を消した。
それでも客は帰らず更なるパフォーマンスを求め、メンバーの名前を呼んだり曲を歌ったりしている。
だが、オーディエンスの叫びも虚しく、再びメンバーがステージに立つことはなく、スタッフが機材を片付けはじめた。
それを見てみんな帰りはじめるが、久しぶりのライブに興奮してボゥっとしてしまい、椅子に座ったまま立ち上がれないでいる。
チラリと横を見ると、板野先輩も放心状態で座っており、無言でステージを見つめていた。
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