ロックンロール・ライダー:第四話

創作長編小説

 アパートを出て右に行くと少し大きな通りに出る。

 その通りを左へ曲がり少し行くと、右側には有名な映画で何度も見た帝釈天の参道が現れ、左側には、失恋した主人公が大きなトランクを持って旅に出る柴又駅があった。

(ここが柴又駅に帝釈天参道かぁ……)

 柴又駅を少し見てから道路を渡り、反対側の参道へ行ってみる。

 参道の両側では店を閉める準備をしていて立ち寄れそうになかったので、いちばん奥にある帝釈天へ向かった。

 柴又帝釈天は映画で見たとおりの寺だ。夕暮れ時、人も少なく静かな境内を見回し、これから始まる新生活が楽しくなるよう参拝しておこう。

 帰宅途中、曲がり角にあったコンビニで弁当とビールを買い、来たときと違う道を通ってアパートへ。

 ポケットから鍵を取りだしてドアを開けようとしたとき、新聞受けに何か挟まっているのが目に入り、手に取ってみた。

 見れば東京電力からのお知らせで、明日契約に来るからブレーカーを上げて電気を使ってもかまわない、というメモ書きである。暗くなったら寝るしかないと思っていたので、ラッキーな知らせだ。

 部屋に入ってブレーカーを上げ、さっそく灯りを点けて床に座り、袋からコンビニ弁当とビールを取り出してテレビを見ながら食べはじめた。

 特に見たい番組はないが独りで食事するのは寂しく、テレビを見てなくても点けたままにしてしまう。

 初めての一人暮らし、テレビの音声が聞こえても内容が頭に入らない感じだ。

 これまで家族と一緒に暮らし、ダイニングで会話をしながら食べ、リビングで皆がテレビを見て過ごしてきたがらかもしれない。

(伯父さんの店へ行って食えばよかったかなぁ……)

 なんだか急に家族が恋しくなり、食べながら孤独と闘っている自分に気づく。

 さっさと食事を済ませてスウェットに着替え、部屋の隅に置いた布団を敷いて寝ることにした。

 しかし……。

 どこからか艶めかしい声が漏れ聞こえ、目を覚ますと夜中の一時過ぎ。エロビデオとも思えない臨場感あふれる女の声と共に、ギシギシした音が聞こえて微妙に部屋がカタカタ揺れる。

 なにをしてるのか理解し、一瞬で吹き飛ぶ眠気。

 生唾を飲み込みながら聞き耳を立てていると、苦しんでるかのような女の声が次第に大きくなり、最後に大きな声を出したと思うと急に静かになった。

 声が聞こえてきた時間は約三分間。少し間を置いて、クスクスと笑い声が混じった男女の会話が始まった。なにを話してるのかまでは分からないが、スペクタクルな時間を過ごした二人がベッドでイチャイチャしてるのは想像に難くない。

(くそっ、一人暮らしだとヤリ放題なんだ……)

 頭から布団を被り、悶々とした気持ちを静めようとラモーンズの曲を脳内再生するものの、なかなか興奮が覚めず眠れない。バッテリーがビンビンになってるのだ。

 仕方がないのでトイレへ行き、スウェットとトランクスを下して便座に腰掛けた。

(欲望に負けたんじゃない、これは将来のための訓練だ!)

 エロビデオとは違う、初めて聞いた女の喘ぎ声に興奮した己を静めるため、適当な理由を付けて自分を正当化する。

 あんな短時間で終了するのは、童貞の俺でも早すぎるフィニッシュ、男の恥だと思う。これは、まだ見ぬ愛しいハニーとのベッドタイムを素晴らしい時間にするために必要な、来るべき日に備えてのシャドーピッチング……いや、シャドーセックスなのだ。

 完全に正当な行為と化したトイレでのひと時。さっきの女の声を思い出しながら自分のその時の行為を妄想し、己の下半身に溜まった大量の煩悩を吐き出す。

 スッキリして布団に戻り、再び聞き耳を立てるものの声は聞こえない。どうやら連中も寝たようだ。

 妙なところで孤独が紛れたとホッとし、やはりここは名前どおりブラボーなアパートだと思いながら布団の中で目を閉じた。これで落ち着いて寝ることができる。

 翌朝、目を覚まして部屋に置きっぱなしの荷物を片付け、洗濯を始めようとしたら東京電力とガス会社が訪ねてきた。

 予め記入しておいた用紙を渡し、控えを受け取り契約完了。これで人並みの生活ができる。コンビニへ行って朝食を買い、新生活に足りない物を揃えるとしよう。

 靴を履き、部屋のドアを開けて一歩踏み出すと右側に人の気配を感じ、反射的に横を見ると男女が抱き合ってるのが視界に入った。

(チューしてる!)

 初めて生で見るキスシーンに、体が固まり目が離せない。昨夜、ベッドというリングの上で、過激なプロレスのように寝技を戦わせていたのはこいつらだったのだ!

 横目で見ていると女が俺に気づき、男から唇を離して照れ臭そうな言葉を吐いた。

「ダメだよぉ、こんなことしちゃ」

 女に続いて男も俺に気づき、舌打ちしてバツが悪そうな顔で横を向く。

 二人とも二十代半ばといった歳の頃。だが、こいつらを見てしまったために昨夜のブラボーな時間が台無しになった。

 小太りの男は背が低くてカバのような顔、女は彼氏より長身で痩せていて、魚のウマヅラハギなんじゃないかと思うくらい唇が鼻より高い。もの凄い鼻ペチャで極端な出っ歯、その造形はピカソの絵を思わせる。

(オエェッ! 俺は夕べこいつらで……)

 あまりに惨い結末に、ドアの鍵を閉めて下を向いたまま階段を駆け降りた。振り向くのが怖く、財布を握り締めて小走りにコンビニへ向かう。

 昨日買い物をしたコンビニに入り、少しマンガを立ち読みしてからホットドッグとカップスープを買い、アパートに戻った。

 お湯を沸かしている間に隣の様子をうかがっていると、どうやら女が住んでる部屋に男が来てるらしい。窓を開けたまま朝飯を食べていたら、女が鼻歌を歌いながらベランダに出てきて洗濯機を使い始めたからだ。

 部屋は一人暮らし用のワンルーム、どう考えても独身世帯だろう。たぶん女は、自分の家に男を連れ込んでるに違いない。

 あんなカバみたいな顔のチビでも、彼女の家に泊まりに来れるんだ。俺も早く一人暮らしに慣れて楽しく過ごそう。

 昨日のうちに揃えておけばよかったが、この部屋にはカーテンが付いてない。街の探検がてら、これから買ってくるか。

 朝食を済ませて洗濯を終えると、革ジャンを着てアパートを後にした。



創作長編小説

Posted by Inazuma Ramone