お知らせ

第4回ツギクル小説大賞で、当サイトの作品、夢幻の旅が奨励賞を受賞しました。
管理人:Inazuma Ramone

Autographic 第二十話:傷跡

創作長編小説

 車内が暑くなってきたところで少し窓をあけると、むせ返すような緑と土の匂いが車内に入ってくる。後ろを見れば、狭い車内で重なり合うロボたちは、時たま下になった犬が苦しそうに顔を出し、体勢を入れ替え上に出てきたりを繰り返していた。

 窓から外を眺めれば、車は林道から出て山道に入っており、青空の下に広大な緑の絨毯が一面に広がっている。時折り鹿肉の匂いに釣られた犬たちが顔を出しては僕の横に置いてある鹿の脚に食いつこうとするが、その都度鼻を叩き追い返す。

 僕は、青と緑が交差する彼方の風景から鹿の脚に視線を移し、この鹿が死んだときの様子を思い浮かべた。

 鹿は死のうと思って死んだ訳じゃない。目前に迫った死から逃れようと抵抗し、力及ばずロボに殺された。ロボはロボで、生きるために鹿という獲物を捕ったに過ぎない。それは山中で生きる野犬にとって当たり前の行為であり、生存するため本能的に行動しただけだ。

 人間のように、考えたり悩んだりしない動物の行動は、いつだってシンプルである。

 病院のベッドで死ぬことを考えながら過ごしていた僕は、生きるため激しく暴れた鹿や、鹿の喉に食らいついて絶命させたロボに比べれば生きるに値しない命なのかもしれない。

 動物たちの生への執着を目の当たりにすると、どうしても生死や命について考えてしまうが、そんな哲学者が考えるようなことに答えが出るはずもなく、単純に「生まれてきた以上は必死に生きよう」と決めて後ろを見た。

 荷室では、ロボの背にハナとキースが顔を乗せており、その横ではゴローとジョンが重なっている。

 車の揺れで座席横の鹿肉を入れた箱と、フロアマットの上に重ねられた狩猟道具がずれてくるのを直し、再び窓の外を見ると、もう新井さんちの近くまで来ていた。

 坂を上がって新井家の庭に車が停まると、堪らず車外へ出る。

 崖から落ちたとき岩に打ち付けた背中が痛い。足首を庇いながら軽く上半身を動かして痛みと格闘してるうち、おじさんと新井さんが車のドアを開けて犬たちを出し、新井さんの狩猟道具を片付け始めた。初めてロボと会ったときは緊張していたような感じだった四匹の猟犬も、今はロボとも仲良くじゃれている。

「秀人君、これを犬に付けてやんない」

 新井さんに声をかけられて振り向くと、新井さんが赤い首輪と赤いリードを持って立っていた。

「昔飼ってた秋田犬に付けてた首輪だから、野犬にも付けられる大きさだと思うんだいねぇ」

「ありがとうございます。早速ロボに付けさせてもらいます」

 新井さんから首輪を受け取りロボを探すと、ゴローたちは遊んでいるのに、いつの間にやらロボだけ離れた場所で寝ている。近付くとロボは起き上がり、尻尾を振りながら僕の側に寄ってきた。

 ロボの前にしゃがみ込んで首輪を付け、頭を撫でてやると気持ちよさそうな顔をするロボ。頭から背中にかけて撫でてやると、右前脚の付け根に毛が生えてない傷のような箇所がある。

(あれ? 怪我の傷跡かな……)

 毛の生えてない箇所を撫でていると、おじさんに声をかけられた。

「おい秀人、帰るぞ!」

 慌てて立ち上がり、おじさんと一緒に新井さんに挨拶する。

「よっちゃん、今日は秀人が怪我してるから、もう帰らあ」

「新井さん、今日はご迷惑をお掛けしました。首輪、ありがとうございます」

「秀人君、また遊びに来いよ。修ちゃん、またな」

 新井さんへの挨拶を済ませ、僕は車まで行って荷室のドアを開け、ゴローたちを乗せてから車に乗り込むと、運転席のおじさんがエンジンをかけ車がゆっくり走り出す。

 僕は窓を開けて身を乗り出し、見送ってくれる新井さんに手を振った。

にほんブログ村

この記事のSNSでの反響

創作長編小説