Autographic 第七話:興奮

創作長編小説

 庭の隅にある、鉄でできた檻の中が二頭の犬の住処だ。僕が近づく気配を感じたらしく、ゴローとハナがワンワン吠えている。

 庭にある植木の陰に隠れそっと顔を出すと、ゴローとハナは鉄格子に前足をかけ、二本足で立ちあがって尻尾を振っていた。

「ゴロー! ハナ!」

 顔を出した態勢で名前を呼ぶと、ゴローとハナは大きく尻尾を振りながらクゥ~ン、クゥ~ンと鳴きはじめた。僕は檻に近付き、鉄格子から鼻先を出しているゴローとハナの頭を撫でてやると、まるで挨拶するかのように二頭の犬が僕の手を舐めてくる。

「秀人、昼飯食いに行くんべぇ」

 いつの間にか後ろに来ていたおじさんと母さんに声をかけられ、僕は尻尾を振って喜んでいるゴローとハナから離れて母さんと共におじさんの車に乗り込んだ。そういえばもう昼時だ。病院にいたときは腹が減る感覚も乏しかったが、今はなぜか腹が鳴っている。

 車で山を下り、おじさん行きつけの街中にある蕎麦屋へ向かう。おじさんの家に遊びに行くと連れてこられた、小さな頃から馴染みのある蕎麦屋。蕎麦で有名な秩父郡市の蕎麦屋の中でも名店のひとつらしく、秋の新蕎麦の季節に連れてこられたときには、僕も弟の和幸も、蕎麦が美味しくていつもざる蕎麦を四人前くらい食べたものだった。

 おじさんは病気療養のため小鹿野へ来た僕を気遣ってか、蕎麦だけでなくカツ丼も注文し、食べるよう勧めてくれる。僕も腹が減ってるため出てきたカツ丼と蕎麦をペロリと平らげ、蕎麦湯を飲みながら二人が食べ終わるのを待つ。

 自然と始まった雑談の中、ふと夕べ調べたニホンオオカミのことを思い出した僕は、生まれたときから山間部に住んでいるおじさんに、ニホンオオカミのことを聞いてみることにした。

「おじさん、奥秩父でニホンオオカミを探してる人のブログを見たんだけど、狼ってまだ生き残ってるの? おじさんは見たことある?」

「狼? 狼を探してるって、あの連中か? 神社の神事なんに、なんで絶滅した狼にお供えするんだとか、両神や大滝に住んでる人に狼を見たかしつこく聞きまわってる、どっかの大学の連中だんべ? 狼なんか百年以上前にいなくなっちまったよ。見た奴なんているわきゃねえ」

「ふ~ん。やっぱり狼は絶滅しちゃったのかぁ……」

 ちょっぴり残念だった。もしかしたら秩父山中にニホンオオカミが生き残っているかもしれないと期待してたが、国が絶滅宣言を出してから何十年も経つ。まだ極少数のニホンオオカミが生き残ってて、地元の猟師は狼を目撃しているのかもしれないと思っていたのだ。

「野犬は山の中にいっぱいいるけど、狼の話なんて聞いたことないから絶滅しちゃってるわよ。お母さんも子供の頃、赤平川の河原で何回も野犬に追いかけられたわ」

「えっ! 山の中に野犬が住んでるの!?」

 母さんの言葉に驚いた。人に餌をもらって生きている犬が山中で生き延びられるとは思ってもみなかったのだ。

「山奥にも犬が群れを作って住んでらあ。猟師が回収できなかった猟犬や捨てられた犬が。俺が見た群れの中にはドーベルマンや毛むくじゃらの大きな洋犬、ピットブルなんていう闘犬もいたけんど、次に見たときは、なぜか洋犬はいなくなってた。自然の中で獲物を捕って生きていくのは、地犬みたいな品種改良されてない犬じゃねえと無理なのかもしんねえな。人間に品種改良された洋犬は生きてけなくて淘汰されちまうんだろう」

 山奥で野犬が群れを作って生き残っている。それもゴローやハナみたいな日本犬が生き残って……。人間が飼ってる、飼い主に懐いた犬しか知らない僕にとって衝撃的な話だった。

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