三峯神社へ

雑記帳:読むな! 呪われるぞッ!

三峯神社駐車場

 父方の伯母に頼まれ、成年後見人の手続きをしようと思い親族に同意書を送ったのだが、反対者が出て手続きが頓挫している。

 非常に恥ずかしい話なのだが、反対している者たちは俺が伯母の財産を使い込むのではないかと思っているらしい。成年後見人は財産の相続者ではなく、裁判所の監督の元で資産の管理と事務手続きをするんだとを説明しているのだが納得してくれず、資産がいくらあるか見せろの一点張り。

 伯母にハンコを押さない奴等の事について事情を説明したものの、「生きてるうちから金の話か!」と怒ってしまい、連中に財産を開示するのを拒否。仕事から帰ると毎晩親戚と電話で怒鳴り合っている。

「それならお前が面倒をみろ!」

「そんなこと言ってない。いくらあるか分かれば同意書にハンコを押す」

三峯神社三ツ鳥居

 そんな毎日で精神的にまいってしまい、仕事にも支障をきたしそうだったので、気分転換しようと久しぶりに三峯神社へ行ってきた。

 関東最大のパワースポットだの白い氣守だので観光客を騙している誘致している三峯神社の創建は千九百年前、景行天皇の皇子である日本武尊(やまとたけるのみこと)が東征のとき、碓氷峠に向かう途中で現在の三峯山に登って伊弉諾尊(いざなぎのみこと)と伊弉册尊(いざなみのみこと)の国造りを偲んで創建したという。景行天皇の東国巡行の際、天皇は社地を囲む白岩山・妙法ヶ岳・雲取山の三山を賞でて「三峯宮」の社号を授けたと伝えられている。

三峯神社山門

 中世以降は日光系の修験道場となり関東各地の武将の崇敬を受け、養和元年(1182年)、秩父を治めていた畠山重忠が願文を収めたところ霊験があったらしく、建久6年(1195年)に土地を寄進して守護不入の地として以来、東国武士の信仰を集めて大いに栄えたが、正平7年(1352年)、足利氏を討つために挙兵して敗れた新田義興・義宗らを匿ったことより、足利氏によって社領が奪われて衰退した。

三峯神社本殿

 秩父神社・宝登山神社とともに秩父三社の一社で、拝殿の手前には珍しい三ツ鳥居があり、狼を守護神として狛犬の代わりに神社各所に狼の像が鎮座している。主祭神は伊弉諾尊(いざなぎのみこと)と伊弉册尊(いざなみのみこと)、配祀神は天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)、高御産巣日神(たかみむすひのかみ)、神産巣日神(かみむすひのかみ)の造化三神と天照大神 (あまてらすおおかみ)である。

日本武神社

 天照大神・素盞嗚尊(すさのおのみこと)・日本武尊をお祀りする我が街の総鎮守と宝登山神社も日本武尊が東征中に創建した神社で、いわば兄弟のような神社であり、伊勢神宮をはじめ八幡神社や稲荷神社、創建者の日本武尊を祀る日本武神社など様々な神社のお社があるため、一度にいろんな神社を参拝できるのも好都合。参拝する度に新田義興・義宗を匿っていただいたお礼をしているが、今回は悩んでいる伯母の件についてもお参りしてきた。

 主祭神が夫婦の神様で恋愛成就に効くのか若いカップルが多く、日本神話で既にお隠れになってしまった神様が多いので効果のほどはクエスチョンであるが、きっと願いを聞いてくださると自分に言い聞かせながら帰途についた。

三峯神社日本武尊像

 家に着いた途端電話が鳴り、今度は母方の叔父が意識を失って倒れ、入院したとの知らせ。病院に駆けつけたが、肺炎で呼吸困難になり意識を失ったとのこと。大病でなかったのが不幸中の幸いだったが、母と叔母は、今までも何度か意識を失って倒れる度に病院で原因不明と言われた叔父を心配し、ベトナム戦争中に米軍の協力企業で働いてて現地で発電所を建設していたので、枯葉剤の影響があるのではないかと話していた。

 今度は叔父の分もお参りしてこなきゃ。祟り神は効くっていうから、今度は素直に氏子になってる神社へ行こう。

この記事のSNSでの反響